2022年3月28日
独言居士の戯言(第237号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
ウクライナへの軍事侵攻、東部への支配へ重点にロシア転換か
ロシア軍のウクライナ侵攻から早くも1か月を過ぎた。連日の戦局報道を読む限り、ロシア軍が電撃的にウクライナを制圧したとは言えないようで、ロシアに近い東部ドンバス地域の「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」の独立を一方的に承認し、その地域をほぼ支配したようだ。1か月を過ぎて、この東部地域支配に軍事的重点を移していくとの方針転換が進められたのではないか、と報ぜられているが、今後の戦局がどう展開されていくのか、ウクライナ側の抵抗もアメリカやNATO側からの軍事支援もあり、ロシア軍の侵攻を食い止め、地域的によっては押し返しているとのことだ。
とはいえ、人口4.000万人を擁するウクライナから約400万人もの難民・避難者を海外に脱出させており、今後の停戦に向けた協議が継続しているとはいえ、領土画定問題などかなり深刻な対立が解消されておらず、事態はあまり明るい展望には至っていない。ロシア国内での軍事作戦に対する国民の反対の動きはみられるものの、ある世論調査では74%の国民がウクライナへの軍事作戦に対して支持しているとのことだ。この世論調査にどの程度信頼性を置いていいものかどうかよくわからないのだが、それにしてもロシア国内でのこの支持率の高さにはやや驚かされる。
ロシアの軍事侵攻に対して、どう理解したらよいのだろうか
この1か月の間に、今回のウクライナに対するロシアの侵攻をどう理解したらよいのか、様々な角度からの論評が内外で展開されている。ロシアのウクライナへの軍事侵攻に対しては、国際法に違反する暴挙であり、国際司法裁判所も厳しい判決を下しているわけで、それほど大きな判断の違いはなさそうだ。ただ、おいそれとアメリカをはじめとする先進国の言い分に対して、本当に民主主義国として立派にふるまってきたのか、アジアやアフリカ・中南米など、途上国にとっては過去の近現代史の記憶がよみがえってくる。ベトナムやアフガニスタン、さらにはコソボやイラク・シリアなど、枚挙にいとまはない。それだけに、国連の場でも様々な駆け引きが繰り広げられているようだ。日本も、G7の場で結束して反ロシアの態度を明確にしているが、今後の外交の分野での独自の存在感が求められていることも確かだろう。
東郷和彦元外交官の『論座』掲載論文(2月25日付)に注目
日本の国内でのロシアのウクライナ侵攻についての論評か連日の新聞や雑誌メールやユーチューブなど様々な情報媒体で繰り広げられている。そうした中で、一番注目したのが元外交官東郷和彦氏である。朝日新聞のウェブ雑誌『論座』2月25日付の「ウクライナ侵攻」特集で、「ウクライナ問題が抱える困難の本質と日本の役割~ロシアの軍事侵攻で事態が急転」と題する長大論文である。東郷氏は、外務省でロシアスクールに属していて佐藤優氏に対する評価も高い。東郷氏と佐藤氏、それに鈴木宗男氏らの問題指摘は、「親」ロシア派ともいうべき見方を展開されていて他の識者や専門家とはやや異なった見方をされている。それは、『論座』論文の冒頭に、今回のウクライナ侵攻問題の本質について次のように指摘していることからもわかる。
ウクライナ侵攻の本質、冷戦後のヨーロッパ安全保障の再構築問題
「今起きている問題の本質は、ウクライナ一国の問題ではなく、冷戦の終了とソ連邦の崩壊によっていったんは形成されたヨーロッパ安全保障制度の再構築という巨大な重みをもつ問題である」
こう述べて、ウクライナが抱えている複雑な歴史(戦後だけでなくロシア革命以前の頃から)について詳細に言及されている。ソ連邦が崩壊した1991年以降だけを見ても、ウクライナの独立と新ウクライナ共和国の統治においても、親ロシア派と新欧米派の大統領が交互に主権を争い、この間、親ロシア派の住民が多く住むドネツク・ルハンスクの独立を巡って2014年「ミンスク合意」(ウクライナ、ロシア、ドイツ、フランスで締結)の締結に至るものの、その後の推移は3年前に選出されたゼレンスキー大統領になっても「約束」が実行されなかったと指摘し、ロシアのプーチン大統領がウクライナへの侵攻へと舵を切ったとみている。
冷戦後の約束を踏みにじってきた西側先進諸国へ不満の爆発へ
もちろん、背後ではアメリカやEUのウクライナ支援があり、ゆくゆくはウクライナとグルジアのNATOへの加盟まで視野に入れたのが2008年NATOブカレスト首脳会議で声明に盛り込まれる。他方、ロシアにとっては、冷戦が崩壊しソ連邦を中心にしたワルシャワ条約機構が解体され、混乱していたロシアがようやく経済的に立ち直ったものの「NATOを東方に拡大させない」という約束をロシア側(ゴルバチョフ大統領に対して口頭の約束とのこと)にしたのに、それを守らないことへの抵抗の意思表示でもあったわけだ。
藤原帰一氏と東郷氏に共通する『負け組』ロシアも含んだ安全保障体制構築に向けて合意の必要性
東郷氏は、今NATOは3回目の転機に立たされているという。1回目は1949年のNATO創設、2回目は1989~91年の冷戦の終了とソ連邦の崩壊、3回目が今、プーチンによって提起されている「欧州の安全保障の再構築」であるとみている。ここで、冒頭に述べた今回の問題の本質に立ち返る。すなわち、欧州の安全保障構築をどう進めていくのか、という点にあることを再度提起されている。
ここで思い出すのは、朝日新聞の夕刊に毎月1回連載されている政治学者藤原帰一氏のコラム「時事小言」(3月16日付)「この戦争の出口は『負け組』も包む国際秩序を」であり、冒頭で次のように問題を指摘する。
「米ソ冷戦は戦争なしに終わった。『負け組』と呼ぶべきロシアも構成員とする新たな国際秩序は作られず、冷戦期の西側秩序を外に広げるだけに終わった。冷戦に不戦勝を収めた欧米諸国は資本主義と民主主義の優位に溺れていた」
ということは、東郷氏も藤原氏もヨーロッパにおける安全保障の新たな枠組み作りを、どうしたらロシアも含めたもので合意できるのか、にあるとみているのではないだろうか。アメリカにせよイギリスやフランスなどEU諸国において、最近における国際社会での振る舞いは、とてもとても民主主義や資本主義で合格点が出ているとは言えないわけで、改めてグローバルな地球大の民主主義構築に向けて合意を進めていく以外にないのだろう。
東郷氏が指摘する「米ロ衝突の日本外交ヘの3つのマイナス」
東郷氏は、アメリカとロシアが激突することによる日本外交の3つのマイナスを指摘しておられる。
第一は、ウクライナにおける軍事衝突が、欧州の関心をインド太平洋からそらせる可能性があること。
第二は、ロシアを一層中国に追いやる点であり、権威主義的諸国の結束を招く政策が日本の国益に資するとは思えない。
第三は、ウクライナにおける軍事衝突が日本のグローバル戦略を損なう可能性がある。
特に第3番目の指摘は、ロシアとの間に作り上げてきた過去の長い歴史的な交渉を通じて培った財産を生かして、日本にとって北東アジアにおける「よき提携者」の役割をロシアに期待していたが、今回の侵攻でその資格を失う。平和条約交渉も対話の窓が閉じてしまう事への無念さが込めておられる。
日本の対ロシア外交150年以上の経験を欧州安全保障論議に生かせ
さらに東郷氏は、日本こそは「ロシアの内的ロジック」を明治維新以前からよく理解しているのであり、それを欧州の安全保障論議の構築に生かしていくべきだと指摘する。では、「ロシアの内的ロジック」とは何なのだろうか。
「それは、一言でいえば、ドネツク・ルガンスクの保全こそがロシアにとって譲れない『レッドライン』であり、、今後の長期的プロセスの中での欧州の安全保障の構築には、ロシアを、尊敬する重みのあるパートナーとして受け入れるのか最善であるという問題意識」とのことだ。
岸田外交に対しても、いろいろと提言されているが、今の岸田総理にはなかなか伝わらないのではないかと思うだけに、東郷氏や佐藤優氏らの提言が生かされる環境にはなさそうだ。
佐伯啓思教授「文明の衝突」にどう臨むか、日本も試されている
そういえば、京都大学名誉教授の佐伯啓思氏が26日付朝日新聞オピニオン欄で、冷戦後のアメリカ流のグローバリズムの表皮がはがれつつある時、むき出しの「力」が作動する時代に移っており、「西洋、アジア、ユーラシアの大国を舞台にした文明の衝突が起きる時、日本は、そのはざまにあって、前線に置かれる。その時、日本はどういう立場をとるのかが問われているという指摘に通じるものがある。日本外交が問われているのだ。
(お詫び)先週号は236号なのに、1号早まって237号にしてしまいました。深くお詫び申し上げ訂正申し上げます。2度と間違えないよう努力していくつもりでございます。