2022年4月4日
独言居士の戯言(第238号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
欧米の経済はインフレ退治に向け金利の引き上げへ、日本は円安へ
ロシアのウクライナヘの軍事侵攻という暴挙に伴い、国際社会では様々な問題が起こっている。経済の面では、石油・天然ガスや小麦といった一次産品など国際商品価格の上昇が顕著に進んでおり、アメリカやイギリス、EUなどでは消費者物価が軒並み上昇し続け、デフレ対策から一挙に本格的なインフレ対策へと転換しつつある。アメリカの中央銀行であるFRBは、3月のFOMC(連邦公開市場委員会)で0.25%のFF金利(短期政策金利)の引き上げを実施するとともに、次回5月3日のFOMCでは1回で0.5%の引き上げも辞さないとパウエル議長は語ったと報ぜられている。既に実施したイングランド銀行と、ECB(ヨーロッパ中央銀行)も短期金利の引き上げへと舵を切ろうとしており、先進国では日本銀行だけが蚊帳の外に置かれている。さらに、アメリカの金利引き上げ直後から進み始めた急速な円安について、日銀の黒田総裁は依然として「円安」は日本経済にとってメリットの方が多いと述べているが、多くのエコノミストや専門家は「円安」の弊害の方が大きくなっていることを指摘し、金融政策の転換を主張し始めている。多くの国民にとって、それが当然のことのように思える。
黒田総裁は円安擁護へ、日本経済にとって円安は弊害が大きい
弊害は、先ず国民生活にとって海外からの輸入物価の上昇となって直撃する。既にガソリン価格はリッター170円を超え、政府は補助金の額を5円から25円へと引き上げようとしているし、小麦の価格上昇はパンや麺類・パスタなど国民生活を直撃しはじめている。もちろん、ウクライナ問題に絡んだ国際的な価格高騰の影響が絡んでいるわけだが、もう一つ「円安」による為替の変動による輸入価格の上昇となって直撃していることも見逃すことはできない。日銀総裁への疑問は、こうした円安による価格上昇という影響が大きいだけに、早く金融政策を転換させるべきではないか、という点に直結する。総裁就任が来年3月には10年になろうとしている黒田総裁にとって、アベノミクスの下で異次元の金融緩和を進めてきたわけだが、目指したい景気回復と賃金上昇による需要拡大を伴う2%のインフレ目標が実現できないまま今日に至っていることは確かである。だが、頑なに効果のないまま異次元の金融緩和を継続する姿勢には、専門家からの批判も厳しい。
産業構造が転換した日本、円安は株価の上昇をもたらしたのだが
こういう物価に対する「円安」の悪影響とは別に、日本の貿易収支、更には今年に入って2か月続いた経常収支の赤字による円安問題に警戒が必要になってきている。かつては、国際的な危機を迎えた際には危機に強い通貨は「円」だと評価され、「円高」となって日本経済のデフレ化を増進させ、産業界は「円安」を待望することが多かったことは確かである。円安になれば、輸出において国際競争力が高まり、海外からの利益を国内に転換する時には円の手取りが増加していたわけだ。
それと同時に、円安が株価の上昇となって株式所有する富裕層を豊かにすることも政権側は意識しているようだ。だが、今では輸出競争力があり黒字を稼げるのは自動車産業ぐらいで、他の主要な製造業では競争力を低下させ、主として海外での資本投下が進められ、利益が上がっても海外での再運用が進められ、円安のメリットよりもデメリットが間違いなく増大しているのだ。だが、こうした輸出競争力をかろうじて維持できている自動車産業でも、急激に進む海外からの原材料輸入の齎す直接的・間接的な悪影響に悲鳴を上げ始め、円安への不信をあらわにしているとのことだ。
日本の物価上昇も進み、4月にも目標の2%を超えるのではないか
かくして、円安によってますます日本の「交易条件の悪化」が進み、日本の富が海外に流出すること、それがまた日本経済のますますの落ち込みによって「円安」に拍車がかかるという「円安の悪循環」が進む危険性を指摘する専門家も出てきている。どうやら事態は単なる一過性の問題ではなく、深刻で構造的な問題として浮上してきたとみるべきかもしれない。
4月の消費者物価指数は5月にならないと速報値も出てこないのだが、このままいけば2%を超すことは確実とみて、なぜ日銀はインフレ目標に到達したのにゼロ金利をはじめとする異次元緩和政策を取り続けていくのか、参議院選挙を前にしてインフレ問題が大きな争点になることも十分に考えられる。当然のことながら、今年の労働者の賃上げは、せいぜい2%台で、しかも定期昇給込みでしかなく、実質的な賃上げは1%前後でしかないだろう。賃上げが十分に実現できなかった多くの中小企業に働く国民の生活を、インフレが直撃することは間違いなく、新年度予算は成立したものの、コロナウイルスのオミクロン株の変異種が出てきたとのことで、最近の新規感染者数の微増も気になるところである。
岸田・黒田会談、早く金融正常化に向けて舵を切るべきなのに???
円安が進展し始めたさ中、日銀の黒田総裁は30日に岸田総理から官邸に呼ばれ1時間ばかり会談したことが報ぜられた。どんな内容だったのか定かではないが、恐らく物価上昇とともに長期金利の0.25%への上昇を阻止すべく「指値オペ(公開市場操作)」についての説明に出向いたのではないかと思われる。現に官邸を訪ねたのちに、0.25%でいくらでも買い取るという指値オペが2日間にわたって実施され、日銀は金利の上昇を許さないのだ、という強い宣言を国内だけでなく世界の金融市場に宣言したことになる。日銀が10年国債の指値オペだけでなく、それ以上の超長期国債も買い入れを行ったことに対して、小幡績慶應義塾大学教授は『東洋経済オンライン』(4月2日付)の「これまでとまったく違うヤバい円安が起きている」のなかで「大事件どころか、『大大大事件』である」とまで厳しく取り上げておられる。
なぜ日銀は金融政策を正常化に向けて舵を取り切れないのか、小幡教授は日銀の進めている金融政策を変更することによる「信頼」を喪失することのマイナスを考えているのではないかと同情的にとらえているのだが、国民生活をどのように維持安定化させていくのか、ここはまさに正念場を迎えているとみて間違いないだろう。
日本経済は「老衰化」、先進国から崩れ落ち始めの第一歩なのか!!!
もっとも、世界の潮流とかけ離れた日本経済は、先進国の仲間から徐々に引きはなされ始め、老衰大国として落ちこぼれ始めているのかもしれない。第2次世界大戦の終了時に匹敵する財政赤字の累積に対して、国の政治家が低金利政策のもとでの赤字国債の連発というモルヒネを打ち続け、「イマだけ、カネだけ、ジブンだけ」が罷り通ろうとしてきたわけで、そろそろ限界の時を迎えようとしているのかもしれない。それも、日本の国民の選択してきた政治・経済のリーダー達の選択の結果なのだから、仕方がないのかもしれない。