2022年4月18日
独言居士の戯言(第239号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
ロシアのウクライナ侵攻は長期化へ、フィンランドとスウェーデン両首相のNATO加盟発言に注目
ロシアによるウクライナ侵攻が始まって2か月近く経とうとしている。戦局の報道を見る限り、とても簡単には停戦合意して終息に至るとは思えない。これからどこまで戦争が継続していくのか、どんな軍事専門家の話を聞いても定かではない。
私が特に注目したのは、13日のフィンランド、サンナ・マリン首相とスウェーデン、マグダレナ・アンデション首相の共同記者会見だった。北欧の国々のジェンダー指数が高いので女性の首相2人が並んでいても不思議ではないのだが、日本の現実と対比した時、その落差に唖然とさせられる。
この二つの国は、NATOに加盟しておらず、中立を維持し続けてきたことで知られている。特に、フィンランドは第二次世界大戦におけるソ連の攻撃に抵抗し、独立を維持してきたわけたが、戦後もソ連を意識して「中立」の立場を維持し続けてきた。お隣のスウェーデンは、社会民主党の力が強く伝統的にどちらの陣営にも所属してこなかった歴史がある。
その両首相が、これまでの中立政策を転換しNATO加盟申請の方向へと進むことを記者会見の場で発言したのだ。もちろん、議会での承認など両国ともまだ国内での手続きが残っているわけだし、NATO加盟承認は加盟国の全会一致で決定することとなるようで、直ちに加盟が認められるものではない。どんなNATO加盟の在り方になるのか、定かではなく「ノルウェー方式」と呼ばれる外国軍の駐留なきものになると言われているが、今後の問題なのだろう。
プーチン大統領、ウクライナ侵攻とは何だったのかを問われる事態へ
ただ、この両首相によるNATO加盟の発言は、ロシアのプーチン氏にとっては衝撃が走ったに違いない。なにせ、NATOがロシアに接近してきた流れをウクライナでは阻止していく必要があることも今回のロシアが侵攻する理由となっていたわけで、ウクライナ侵攻がフィンランドやスウェーデンのNATO加盟をもたらしたとなっては、何のためにウクライナに侵攻したのかわからないどころか、かえってNATO結束を強めてしまったことになる。ここまで、全面的な侵攻を繰り広げたロシアのプーチン大統領にとって、特にお隣フィンランドとは国境を1000キロに亘って接しているだけに、ますます窮地に追いやられることは必至だろう。
追い詰められたリーダーは、「核兵器」使用も辞さない危険性が現実に
そうなれば、追い詰められたリーダーにとって、残された手段には「核兵器」の使用すら辞さない事態もありうるのではないか、と思ったりする。事態は、第三次世界大戦に事実上突入しているのだ、という見方を取る専門家(後出のトッド氏もそうだ)も出始めており、われわれは人類絶滅に至る「熱核戦争」という恐ろしい事態に直面し始めているのかもしれない。もちろん、一気にそうした事態に突入するわけではないのだろうが、世界がロシア側サイドに立つ国々と、アメリカを中心とする側に立つ国々に大きく分かれて戦闘状態に突入する蓋然性が、まったくゼロとは言えなくなったことは確かだろう。中国はどう動くのか、BRICSはどうか、北朝鮮の核ミサイル保有をどう見たらよいのか、日本の安全保障を取り巻く環境の激変に戸惑いを感じつつある。
イマニュエル・トッド氏、「日本も核を持つべき」と『文芸春秋』誌で発言
そんな思いに浸っている昨今、『文芸春秋』誌5月号で、フランスの歴史人口学者イマニュエル・トッド氏が「日本核武装のすすめ」と題するインタビュー記事を掲載している。トッド氏はこれまでも何度か日本の核兵器保有を進める発言をしており、この提起そのものはそれ程目新しいものではない。ただ。ロシアのウクライナ侵攻という事態を経た今日、トッド氏がどのように現実を捉え、再度核武装を提起しているのか、注目してみた。
先ほど指摘したように、トッド氏はすでに事実上第三次世界大戦に突入しているとみているし、アメリカシカゴ大学のミヤシャイマー教授のリアルポリティークな見方に賛意を示し、一方的なロシア侵攻に対する批判ではなく、むしろアメリカに対する批判を前面に出している。特に、EUの主導国であるドイツやフランスが、ロシアがウクライナのNATO加盟が死活問題であること、アメリカやイギリスがウクライナ軍をどれほど武装化していたのか、十分に認識していなかったようだと見ていて、とくにドイツには今後の交渉役としての役割に期待を寄せている。
国家として自立するための「核保有」、大国のパワーゲームからの離脱へ
そのアメリカについて、アメリカには中枢がなく「米国の”胎内”は雑多なものが放り込まれた”ポトフ”」と形容し、バイデン大統領は何を考えているのかさっぱりわからない、とまで酷評している。アメリカは、自らが世界一の軍事大国だから自ら侵攻されるリスクがないので、自ら間違い続けているし繰り返し戦争に入っているわけだが、そのアメリカの核の傘に日本が入っていることに対して、日本は自ら核を持つべきであり、国家として自立するためには”核”を持つことによってパワーゲームの埒外に自らを置くことを可能とすべきだ、と提言している。
日本の安全保障の転換論議は、参議院選挙後に噴出してくるのでは
国際社会が大きく転換しつつある今日、日本の安全保障戦略をどう構築していくべきなのか、トッド氏の提起することの是非も含めてしっかりと考え直すべき時なのかもしれない。おそらく、参議院選挙後には様々な論議が一斉に沸き起こると思われるが、与野党が入り乱れて政界の再編成が起きるきっかけになるかもしれない。今は、嵐の前の静けさなのだろう。
NHKTV「映像の世紀 バタフライエフェクト」に感銘
年度が替われば、いろいろなことが新しい装いで登場してくる。年を取るとともに、数少ない楽しみの一つが毎日のテレビ放送となる。4月から月曜日、NHK総合テレビ「ニュースウオッチナイン」に続く『映像の世紀 バタフライエフェクト』は、なかなか見ごたえがある。
「映像の世紀」と題する特集は過去何回かNHKで放映されており、第一回目は1995年3月25日から11回にわけて放映され、続いて白黒をカラー化したり最新デジタル技術で鮮明化させ再放送されたのが2021年8月だった。それゆえ、私の知る限り今回で3回目バージョンとなる。映像そのものもさることながら、バックを奏でるテーマミュージックも、加古隆「パリは燃えているか」が見事に放映内容と調和し、魂を揺さぶられつつ酔いしれながら、その都度楽しませてくれたことが忘れられない。今回の『バタフライイフェクト』シリーズは、今までとは編集方針が大きく変わっていて、1回目はブロボクシング世界チャンピオンとなったカシアス・クレイことモハメド・アリから始まった黒人解放の戦いであり、初めて黒人のアメリカ大統領オバマ誕生という物語まで展開させていく。人種差別という問題は、依然としてアメリカ社会だけでなく世界に深くはびこっているだけに、タイムリーな問題提起となっていた。
先週はアインシュタイン、1905年の発見が「核」と「マネー革命」へ
2回目は、天才アインシュタインの1905年に発見した「相対性理論」と「ブラウン運動に関する数式」が、やがて「相対性理論」は核エネルギーの誕生とともに「核兵器」となって人類に脅威を与える存在へと道を開き、「ブラウン運動に関する数式」はアインシュタインの死後、経済学者マイロン・ショールズによって株式市場の数学的解明に道を開き、ブラックショール図方程式として株式市場への応用による功績が認められ1997年ノーベル経済学賞が授与された。彼は、単に理論だけでなく実際に資本市場の投資会社を設立し、一時的には大きな成果を上げるもののロシア財政危機によって破綻してしまう。だが、金融工学によるコンピューター化による運用は継続され、リーマンショックを経ても金融資本主義は肥大化し続けており、世界に250兆ドルという膨大な金融投機にまで膨れ上がって今日に至っている。その抱えるリスクの巨大さに、金融破綻すれば経済危機へと人類が直面している事には変わりはない。
バタフライエフェクトとは、一羽の蝶の羽ばたきが竜巻を起こすことへ
いまや、核兵器は使えない兵器ではなく、ウクライナへの侵攻を進めているロシアのプーチン大統領は、その使用すらほのめかしている。熱核戦争の到来が現実のものになるのかもしれない危機にあるわけで、実にタイミングの良い放映となったわけだ。
ちなみに、バタフライエフェクトという言葉は、気象学者エドワード・ローレンツが1972年に、ブラジルで1羽の蝶が羽ばたく程度のかく乱が、遠くテキサスの竜巻を起こすような大きな影響を与えると語ったことに由来している。思えば、プロボクサーカシアス・クレイは「リング上で蝶のごとく舞う」と称される身のこなしが思い出され、カシアス・クレイという蝶の舞が世界を大きく変えたことは間違いない。アインシュタインという蝶は、今から1世紀以上前に今日の世界を大きく動かし続けている「相対性理論」と「ブラウン運動に関する数式」のもたらした「核」と「マネー革命」という「竜巻」を作り出したのだ。
「知性は、あくまで人間に仕えるもの」とのアインシュタインの言葉に注目
アインシュタインが第2次世界大戦中に語った次の言葉が、現代のわれわれに突き付けている問題を示していると言えないだろうか。
「心理と知識を探求することは、人間性の中でもっとも価値あるものの一つです。しかし、私たちは知性を神格化しないよう十分に注意しなければなりません。知性はもちろん強力な力を持ってはいますが人格を持っているわけではありません。知性は人間を導くことはできず、あくまで人間に仕えるものなのです。人間が存在するために最も重要なことは破滅的な本能を遠ざけるようにたゆまぬ努力を続けることです」(NHK「映像の世紀 バタフライエフェクト」4月11日放映より)
今やコンピューターによる技術の進化は、AIやシンギュラリティという新しいレベルがもたらす雇用をはじめとする難問を人類に提起し始めており、アインシュタインのこの言葉が胸に響いてくる。
すべての国民、いや世界の方達にも是非見て欲しい新「映像の世紀」だ
今までの「映像の世紀」は、それぞれの時代における特筆すべき映像を編集し、それはそれで実に興味深いものだったが、今回の『バタフライエフェクト』シリーズは、まさに今、世界が、人類が直面している問題がどんなバタフライエフェクトから始まって今日の「竜巻」に至ってきたのか、過去の映像をその視点から描き切った秀作である。多くの国民にぜひ見ていただき、今日問題となっている課題のナラティブについて考えをめぐらして欲しいものだ。
おそらく、世界にこの「映像の世紀 バタフライエフェクト」をそのまま輸出しても大きな反響を呼ぶのではないかと思う。次回はメルケル元ドイツ首相が登場すると予告されていた。どんな1匹の蝶が羽ばたいて世界を変えていくことに繋がっていったのか、注目してみていきたい。