2022年4月25日
独言居士の戯言(第240号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
「円高」恐怖症から「円安」恐怖症へ、日本経済の低落の現実
日本経済は、コロナ禍の下での経済の落ち込みから立ち直りつつあるものの、依然として落ち込み前の水準には到達できていない。政府は大規模な財政支出を取り続け、今年も107兆円の一般会計を成立させた直後から補正予算の策定が自民公明両党の間で進められているようで、7月に予定されている参議院選挙に向けた露骨な利益誘導策がとられることが必至の情勢になりつつある。
(今回は、3月21日付の「第414号」に引き続いての経済を中心に編集したが、それと少しダブっていることをお断りしておきたい)
また始まった補正予算の策定、参議院選挙向けの「利益誘導」か?
特に、「低所得者」に対する財政的な支援と称して、住民税非課税世帯などに10万円の定額給付金を支給するとのことだ。2年前、国民全員に1人当たり10万円の定額給付金を支給したわけだが、本当に苦しんでおられる低所得者層にとっては干天の慈雨ではあったものの、多くの国民はその殆んどを貯蓄に回したようで、貯蓄先の銀行は貸付先(過去であれば設備投資)が見つからないために日銀の当座預金へ流入し、日銀のマイナス金利の対象となってしまったとの報道に接したことがある。
今、日本の政府が抱えている財政赤字の累積額が1.000兆円を超え、GDPの250%にまで達しているわけで、こうした政策効果のハッキリしない放漫財政をする財政的余裕はないはずである。にもかかわらず、いとも簡単に財政赤字を増やしながら、与党側のやりたい放題がまかりとおっている。実にお寒い現実だが、国民の選択で選ばれた政党政治家が主導しているわけで、それを変えていけるかどうかも、結局のところ国民の選択いかんにかかっているのだ。
ところで、本当に生活が困窮している人がどこにいるのか、国はきちんとつかめていないまま、何とか住民税非課税世帯という「低所得層」にたどり着いてきたのだろう。低所得ではあっても、資産所有はどうなっているのか、社会保障サービス給付であれば、それを受ける必要性のない人にとっては受給しない選択をすればよいだけだが、現金を支給するには本当に必要としているかどうかが問題であることは言うまでもない。何度も繰り返し主張しているように、この国には誰が「健康にして文化的な最低限度の生活」を維持できていないのか、それを正確に掴むことができていないのだ。
世界から見放され始めた「円」、インフレを起こす力を喪失した経済力の低下、急速に進む「円安」への恐怖
今一番経済面で問題になりつつあるのが、急速に進む「円安」である。かつて、日本の「円」は国際経済が危機的状況になれば「有事の円買い」が進み、円高になるのが常であった。経常収支の恒常的黒字国であり、累積対外資産も世界一の黒字国であることから、リーマンショックのあった直後の経済危機では1ドル100円を切る円高に悩まされてきたことは、当時民主党政権時代でもあっただけに強く印象付けられてきた。今は、コロナ禍という世界的なパンデミックが拡大し、国際的な経済の落ち込みに直面している。ところが、今回の危機に際して、有事の円高ではなく、最近では1ドル125円どころか130円に迫ろうかというほどの円安が進んでいる。
日本以外のG7各国、インフレ退治が喫緊の課題へ、今後ますます広がる日米金利差は一層の円安となることは確実
背景には、アメリカやEUで明確になってきた本格的なインフレに対して、金融緩和から金利の引き上げへと舵を大転換し始め、アメリカは3月に0.25%の金利引き上げに引き続き、5月初めのFOMC(連邦公開市場委員会)では0.25%ではなく最低でも0.5%の引き上げが実施されることが確実とのことだ。おそらく、今年開催されるFOMCでは、毎回利上げが進められ来年には3%台にまで引き上げられるようだ。それだけ、インフレが高まってきており、直近の消費者物価指数は8%台という高い水準で、ロシアのウクライナ侵攻に伴う世界的な原材料費の高騰がそれに拍車をかけているのだろう。
今年秋の中間選挙を控えたバイデン政権にとって、何としてもインフレを鎮静化させることに全力をあげざるを得なくなっている。事態は、EUにおいても同様で、デフレから一挙にインフレ退治に向けて世界経済のかじ取りが急転しつつある。このアメリカやEUの実情は、4月20日にワシントンで開催されたG7の会合でも、インフレ抑制に向けてあらゆる手段を駆使しても対処していくことが「共同声明」に盛られていることを見ても明らかだろう。
日本の異次元の金融緩和政策9年、資産インフレは起きたが国民の生活に直結する消費者物価は2%まで到達できず
さて、問題は日本だが、確かに最近の石油や小麦など原材料の大幅な値上がりなど、大半を輸入に頼っているだけにインフレが進んでいるように感ずることは確かであるが、それでも3月の消費者物価指数は総合では1.2%上昇しているものの、生鮮食品を除くコア指数は0.8%(それにエネルギーも除いたコアコア指数はマイナス0.7%)となっている。G7の先進国の中で、日本だけは個々の品目で値上がりはみられるものの、消費者物価指数全体として見た時、依然としてデフレ基調でインフレはそれほど深刻な問題とは言えない。もっとも、インフレは株価や土地の価格の上昇となって資産インフレをもたらし、バブルに近い実態を示しているわけだが、一般物価の上昇でみた日本の現実は、まるで「異次元の世界」にいるようだ。
経済界からも「円安」への警戒感強まる、異次元緩和の正常化こそ
日銀は、デフレから脱却すべく2%のインフレを目指して異次元の金融緩和策を取り続けてきたのが通称「アベノミクス」の金融緩和政策であり、安倍総理によって任命された黒田日銀総裁が9年間取り続けてきた異次元金融緩和の「なれの果て」なのだ。片やアメリカではインフレ退治に向けた金利上昇、それに対して日本がゼロ金利のまま。これでは日本から行き場を失った「円」が、少しでも高い金利を求めて「ドル」に流れていくことは当然のことだろう。今後、1ドルが130円台を突破してさらに円安へと進むことが誰の目にも見えているだけに、日銀の異次元の金融政策を正常化することが一刻も早く求められている。個々の産業界を代表する経済人の方達はもとより、三村明夫商工会議所連合会会長は明確に「円安」にはメリットよりもデメリットの方が大きいと金融政策の在り方に全面的批判されている。また、多くのエコノミストも、異次元金融緩和の見直しを主張され始めている。
今のところ、主として経済界の方達の声が徐々に「円安批判」となって広がりつつあるものの、日銀は目標とした2%の消費者物価上昇になっていないと頑なに金融正常化を拒否し続けている。これからどう進んでいくのか、賃上げは定昇込みで2%台に到達したかどうか定まっていないが、国民の生活は相変わらず落ち込んだままで一握りの高額所得・資産保有層だけが恵まれた生活を享受できている格差社会、そこへ円安による輸入物価の上昇が押し寄せてくれば、国民の不満が増大することは必至だろう。それを低所得階層に10万円の一時金給付という参議院選挙対策と見まがうばかりの間違った政策で我慢せよ、というわけにはいくまい。日本経済の行く末について、岸田総理のリーダーシップが見えないようで、自民党支持の経済界からも不満が高まっているとのことだ。当面は、次の4月の消費者物価指数が公表される5月20日の結果が注目される。2%を超す大幅な物価上昇となれば、参議院選挙での大きな争点となって経済界以外の国民の関心が高まる可能性がある。
アメリカを中心にしたG7の体制では世界経済をコントロールできなくなった現実、新しい世界経済の仕組みづくりが必要では
それにしても、世界の経済を見た時、アメリカを中心にしたG7の存在感が急速に失われつつあるようだ。第2次世界大戦のさなか、ブレトンウッズ体制と称されるドルと金の交換による固定為替相場制の下、世界銀行やIMF、GATTといった国際経済の枠組みが壊れ始め、ソ連崩壊後アメリカ1極体制が出来上がるのではないかと思われていたものの、どうやら中国の台頭など専制主義的な資本主義の台頭によるG7の存在感の落ち込みが誰の目にも明らかになりつつある。G20の場でなければ世界経済に影響力を持ち得なくなりつつあり、すでにG7だけで世界のGDPの過半数を代表できていない。中国の動向に世界は大きく影響され始めており、今回のロシアのウクライナ侵攻に対する経済制裁は、ほとんど制裁の機能が持てなくなっているようだ。
もちろんドイツをはじめEUとロシアとの天然ガスや石油などエネルギー源を直ちにゼロにすることができなかったこともさることながら、金融面でのSWIFTと呼ばれるドルを中心にした決済網からの遮断もあまり効果が上がっていないようだ。ルーブルの価値も、一時は大きく下落したものの再び侵攻前の水準に舞い戻っており、中国を先頭とする中進国の中では、インドやサウジなど必ずしもアメリカを中心にしたG7とは一歩距離を置き始めたようだ。つまり、世界はG1の世界ではなく、Gゼロの世界へと動いているわけで、どうすればこれからの世界の経済を安定化させられるのか、その新しい仕組み作り=構想力が求められている時代へと突入したのだと思う。EUでは、GAFAMといった巨大国際的な不プラットフォーマーに対する様々規制を強化しており、そうしたグローバル経済における国民経済の安定化に向けた努力を、G7もG20においても一致協力していく必要がある。まさに、世界経済をどのようにコントロールできるのか、その構想力が問われている。