ホーム > 労福協 活動レポート

労福協 活動レポート

2022年5月30日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第244号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

衰退国家日本どう立ち直せるのか、新しい資本主義が問われている

岸田総理の看板政策として打ち出した「新しい資本主義」なのだが、派手に打ち上げて半年近く経とうとしているのに、一向にその姿かたちが見えない。5月の連休中イギリスのロンドン・シティで、声高らかに日本への投資を要請したが、先進国の中で唯一GDPが停滞し、人口減少に歯止めがかっていない。世界経済が不安定化すれば「危機の円買い」として今までなら「円高」となっていたが、コロナ禍に直面して以降世界から見捨てられ始めたのだろうか、「円安」となって石油や小麦など輸入価格の高騰が国民生活を圧迫している。世界の先進国と言われるG7の中では、「衰退国家」日本は「課題先進国」と揶揄され始めているようだ。そういう自覚が果たして日本の政治家にあるのだろうか。

岸田総理、人材の育成・強化が直面している現実に目を向けるべき

岸田総理が新しい資本主義の課題として「人材の育成・強化」を挙げているのは当然のことだろう。人口減少に直面し、当然のことながら生産年齢人口も減り始めているわけで、働く人材をどう確保していけるのか、今の日本が直面している最大の課題の一つであろう。

そう考えてみたとき、29日の新聞報道を見ただけでも、人材問題で大きな壁にぶつかっていることがわかる。毎日新聞では〈新型コロナ 3年目の課題〉について、平川博之都老人保健施設協会長の言葉として「介護人材 確保が急務」と述べておられ、朝日新聞の一面のトップ記事は「多民社会」と名打って「移民社会受け入れ国」を取り上げ、最初に「技能実習生」についての調査記事を大きく報道している。特に、日本における高齢社会の中で必要不可欠となっている介護労働者を東南アジアから多く受け入れてきたのだが、コロナ禍の下で流入がままならず、2年ぶりにようやく受け入れ条件が緩和され、特に現地での募集に力を入れ始めていること等、これまで相手国の不透明な人材派遣団体の暗躍などがあり、受け入れ側の条件も極めて規制の厳しいものだったことの改善などが、少しずつ進んでいるのだろうか。

介護分野の人手不足、やがて韓国や中国も介護人材不足・競合へ

介護労働は、日本の中でも人手不足に悩まされてきた職種であり、外国人技能実習生にかなり大きく依存してきた分野である。これからの高齢社会の進展によって、さらに多くの人材が必要になってくることは間違いない。今では、日本だけでなく、お隣の韓国や、やがては中国も含めて高齢化が進み介護人材確保の競争状態になるわけで、何時までも最低賃金並みの低労働条件でこき使うことが続けられるわけがない。技能実習生から資格を取得し特定技能実習生となって家族を呼び寄せることの道も可能となるわけで、事実上の「移民」への道が開けつつあるのだと思う。まさに「多民社会」日本の在り方が世界から注目されているわけだ。

IT人材難、ジョブ型雇用の必要性とはいうものの、その内実は??

もう一つの記事は、29日付日本経済新聞(日曜版)のおなじみの「チャートは語る」シリーズで、「IT人材難 低賃金が拍車」「求人倍率10倍 需要映さぬ待遇 転職の壁」という見出しで、今まさにグローバルにトレンディなDX(デジタル・トランスフォーメーション)化の中で、引く手あまたと思えるIT人材の抱えている問題を描き出している。人材難なのに賃金水準が全職種の中央値よりも低いという謎について、日本ではジョブ型雇用ではなく、年功序列型の別名ともいえるメンバーシップ型雇用が依然として支配しているからだと主張している。「ITスキルを持っていても十分に評価されないため人材が流入しにくく、賃金の押上効果が弱い」とみているようだ。

ジョブ型雇用の導入と叫ばれているが、依然としてメンバーシップ型雇用の方が日本の大企業では圧倒的に支配していることは間違いない。そうはいっても、優秀な人材が企業の将来を大きく左右するだけに、普通なら賃金を引き上げる方向へと進むはずではないのか。今、日本の企業社会の中では『メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用』へというスローガンが良く取り上げられているわけだが、この雇用形態の名称を初めて定式化された浜口桂一郎JILPT所長によると、そのほとんどが「ジョブ型雇用」と名打っているものの、内実は「能力主義管理の強化」を言い換えたものでしかないことを指摘されている。どだい、ジョブ型雇用なるものは、ジョブを持った労働者が欠けたら雇用するわけで、学卒一括採用という形が広がっている日本ではなかなか想像できにくいものなのだ。

またヨーロッパで見られる職種別横断賃率の採用は、産業別の労使の協定という社会的な賃金決定システムが土台になっているわけで、日本の企業別労働組合の企業毎の賃金決定とは異なることなど、経営者サイドの言うジョブ型雇用ではこうした労働者サイドとの関係には全くと言ってよいほど言及がない。つまり、職場における労使対等の交渉という点での「民主主義」が欠落しているのだ。

かつての「職務給」が「職能給」へと転換したことを思い出す

かつて、1960年代前半に民間労使の間で「職務給」の導入する動きがあった。職務を「科学的」に分析し、一つ一つの職務を評価してそれに対応する賃金を職務給と称したわけだ。ところが、導入して間もなく「職務に応じた賃金」から「職務遂行能力に応じた賃金」へと変えられ、結果として職務給は日本に馴染まないとして定着することはなかった。今「ジョブ型雇用」と言われているものも、結果として職務給ではなく職能給化した事実と符合するのではないかと思えてならない。経営側の能力評価で賃金が個別企業内で決まるわけで、そのやり方だけは「ジョブ型雇用」と称しても、企業側は手放さないのであろう。

本来なら、労働組合が職種別の横断賃金を造るチャンスのはずだが

先ほどの介護労働と言い、IT技術者と言い、人手不足の労働者が団結して、産業別に企業レベルを超えて産業(業種)別に職種別の賃金決定へと進めていけて、初めて正確な意味での「ジョブ型雇用」ができてくるのではないだろうか。企業ごとにばらばらのジョブ型賃金では社会的横断的な賃率とはなりえないわけで、教科書的にはそこまで進んで初めて「ジョブ型雇用」社会への道が開けてくるのだと思う。労働組合側は、まさにチャンスであり、こうした職種別に横断的な組織化を図っていくことにより、日本の労働組合の宿痾であった企業別労働組合からの脱却も可能になるのだろう。それがなかなかうまくできないから今の日本の現実に舞い戻ってしまうわけだ。

学校現場での教育労働者の過酷な現実、不安定な研究者の雇用

もう一つ人材の問題で指摘したいのが教員の人手不足であろう。今や学校の先生になり手がいなくなっていて、学校現場では先生のやりくりを巡って四苦八苦の状態にあり、現場の先生方は残業に次ぐ残業で「過労死」する状態にあるのでは、と言われる酷い状態にあることが広く報道されている。田中角栄総理の時代に、『教師は聖職』とよばれ、学校の先生には一般職公務員よりも高い給与を保証され、その代わりに残業代はカットされてきた。今から50年以上も前の出来事であり、多くの国民の記憶からは無くなってしまっているに違いない。本来的には、人口減少時代であり、子供数も少なくなっているわけで、教育労働者の数も少なくて済むのではないか、と思いがちなのだが、実態は教育委員会など上部組織に上げなければならない事務作業が膨大に増えていて、教壇に立つことのためよりも上部組織に挙げる資料作りのための時間の方がはるかに多くなっているとのことだ。そこへもってきて、教育労働者の定数削減が進むとともに賃金水準も横ばいとなって魅力的な職場とは言えなくなってしまっているのが実情だ。その他、大学院のオーバードクターや研究職員の期限付き退職問題など、これで「優秀な人材の確保」ができるのか、と真逆の実態にただただ驚くばかりである。

衰退国家日本、どこから改革を始めるべきか、社会支出の拡大から

どこから、どう改革して行けば良いのだろうか。「衰退国家」日本のあちこちに「老化現象」が目立ち始めているわけで、「新しい資本主義」なるものは、先ずは老化し始めている根源に迫る大改革を進めていく必要があることは間違いない。何はともあれ、内需の停滞や落ち込みが続いている日本のマクロ経済の弱点を克服するため、どう需要のある所へ所得を分配・再分配していけるのか、社会保障や教育といった「社会支出」を拡大していくことから始めていくべきだろう。まさに、安定した日本の社会をつくることから手を付けたいものだ。停滞し続けている成長率を高めたいという焦る気持ちは良く判るのだが、イノベーションは民間のアニマルスピリットが発露するような環境を作り上げることに尽きるわけで、政府が新しい成長・発展する分野を定めて財政拡大したことの失敗例に満ち溢れていることを学ぶべきだろう。

岸田内閣は、今のままでは今年の参議院選挙で衆参の安定勢力を得て3年間は国政選挙を実施する必要がなくなるという、僥倖に恵まれた内閣になることは必至だ。それだけに、これだけ衰退し始めた日本をどう立て直していけるのか、それこそ内外の識者の英知を結集した「骨太な日本改造論」を打ち出して欲しいものだ。


活動レポート一覧»

ろうふくエール基金



連合北海道 (日本労働組合総連合会 北海道連合会)
北海道ろうきん
全労済
北海道住宅生協
北海道医療生活協同組合
中央労福協
中央労福協
北海道労働資料センター(雇用労政課)
北海道労働者福祉協議会道南ブロック