2022年7月25日
独言居士の戯言(第252号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
参議院選挙は与党勝利だが、岸田総理の存在感が希薄なのは故安倍元総理を喪ったからだろうか
参議院選挙も終わり、選挙終盤に凶弾に倒れた故安倍元総理の国葬が閣議決定されるようで、梅雨の末期を思わせる豪雨が日本列島を襲うとともに、コロナ禍の方はオミクロン株BA5型の猛威が第七波となって過去最高の感染者数拡大が続いている。一体どこまで新型コロナの感染拡大が続くのか、政府の専門家会議からの国民に向けての厳しい行動規制の要請は依然として出ていない。それにしても参議院選挙後、岸田総理の存在感がほとんど感ぜられないまま八月の夏休みを迎えようとしているのではないかと、安倍亡き政局の行方が気になるところではある。
アメリカやEUで進む利上げによるインフレ退治、日銀は不動へ
そうしたなかで先週は欧州中央銀行(ECB)において、何年ぶりであろうか、政策金利の0.25%引き上げが実施されマイナス金利政策から脱却し、ラガルド総裁はインフレ対策として引き続いて金利を引き上げ(次回は0.5%)ることを明言している。今週27日にも予定されているアメリカの中央銀行(FRB)の連邦公開市場委員会(FOMC)では、前回に引き続き0.75%の金利の引き上げが確実視されている。というのも、アメリカの消費者物価指数が6月は5月よりさらに上昇し1年前に比べて9%台を記録するなど、40年ぶりの高インフレをどう退治するのか、中間選挙を前にして金融当局は全力を挙げ続けているのだ。ECBにおいても、インフレが進んでいる中で金利引き上げが求められていることは言うまでもない。と同時にFRBにおいては、金利の引き上げだけでなく量的緩和の正常化を進めることにも踏み出すわけで、秋の中間選挙前にインフレを鎮静化することに全力を挙げていくに違いない。アメリカやヨーロッパ先進国は、スタグフレーションへと突き進むリスクを抱えているとみる専門家が出始めている。
日銀の2%インフレ目標到達なのに「悪いインフレ」対策なし
かくして先進国の中央銀行の中で、日本銀行だけは先週の政策決定会合で現状維持を決定し、イールドカーブ維持政策で10年物の長期国債の金利を0%~0.25%の範囲内に押し込め、事実上のマイナス金利政策を取り続けていくことを決定している。黒田日銀は、2%のインフレ目標を達成するまでは金融緩和政策を取り続けることを言い続けてきた。その日本の物価は、4月から6月までの3か月間は2%を超えているわけだが、石油や食料品といった生活必需品に直結する原材料の多くを海外からの輸入に頼ってきた資源高によるコストプッシュ型のインフレで、本来の経済成長がけん引する内需拡大に伴うディマンドプル型のインフレではないことを理由に金融政策の転換を拒否し続けている。要は、景気が良くなっていないし賃金水準も上がっていないではないか、2%のインフレと言っても「良いインフレ」ではなく「悪いインフレ」だ、というわけだ。
日米金利差拡大へ、1$140円台の突入も目前に、インフレ再加速へ
その結果、ここ2~3か月の日本とアメリカやEUの政策金利差が拡大し、金利のつかない円から金利が引き上げられたドルやユーロへとマネーの流れが増大し円安が進展し続けている。いまのところ、1$=140円の大台を超えてはいないが、アメリカが今週にでも0.75%の引き上げを実施すれば間違いなく1$=140円の大台へと突入するに違いない。そうなれば、一番の被害を受けるのは日本の消費者・国民全体であり、ただでさえ物価が上昇している中で、それに円安が進む分さらに物価上昇となって跳ね返るわけで、賃金がほとんど上がらなかった労働者や年金生活者などにとって踏んだり蹴ったりの状態に追い込まれるわけだ。とくに、食料品や石油をはじめとするエネルギー価格の上昇は、富裕層ではなく一番国民の中で大きな割合を占める中間層や低所得層を大きく直撃するわけで、ただでさえ内需がシュリンクしているところへ物価高が直撃することのダメージはまことに大きい。ここまでは、多くの専門家によって指摘されている事であり、同国民生活を防衛していけるのか、秋の政局で大きな問題として論議されていく問題であろう。
日銀異次元緩和は、出来ない目標掲げたツケが財政ファイナンスへ
最近『成長の臨界』(「飽和資本主義」はどこに向かうのか)という大著を慶応義塾出版会から出された河野龍太郎BNPパリバ証券チーフエコノミストの書かれた400ページを超す著書に目を通し始めているが、リフレ派やMMT信奉者たちへの批判が展開されており、今年の「エコノミスト賞」の候補となることは間違いないと密かに思っている。
さて河野氏は、毎日新聞社の週刊『エコノミスト』の最新2号連続して「検証リフレ政策」「異次元金融緩和を問う7?」と題したコラム欄に論文「金融緩和や追加財政の不足が日本の長期停滞の原因ではない」と「独立性が逆説的に支える財政拡張」を寄稿されている。その中で注目したのは、「異次元金融緩和を問う7?」の中で、日銀が1998年施行の日銀法改正で政治的独立性を勝ち得た時には成長の時代は終わっており、自然成長率が下がっている中での出発となってしまったこと。その中で「中央銀行が『金利を低下させて景気を刺激し、インフレを醸成する』能力を持たないのに、2%インフレ目標を掲げてしまった」(80ページ)ことを指摘されている。2%目標が中央銀行の能力では達成できなかったことは、この9年間で明らかではないか、と述べておられる。さらに、「2%目標設定」によって、歯止めのない国債購入の道を開いてしまい、独立した中央銀行だからこそ「逆説的に財政ファイナンスの罠に陥っている」との指摘は、けだし慧眼であろう。
日本経済の再建に向け財政健全化を中長期目標として設定へ
問題は日本の抱えたGDPの3倍近い国債を抱えた財政リスクを回避するべく、どう健全化させていくべきか、河野氏は財源としては消費税の引き上げに頼る以外にないし、自然成長率が0.5%程度しかない日本経済で、いきなり3%や5%といった大幅な引き上げでは経済に大きな負担がかかるわけで、小刻みに間隔をあけて(3年に一度、0.5%程度)時間をかけて(60~90年)再建していくことを提唱されている。もちろん、他の財源ねん出の道もあれば活用すべきことは言うまでもないわけで、要はしっかりとした裏付けを持った財政健全化こそが、日本経済にとって重要であることを指摘されているわけだ。
「円」が信任を失えば、国民は「円」を見放しドルやユーロへ転換
さらに、河野氏は「円預金はいつまで持つか」という項を立て。1998年のバブル崩壊時の金融危機に際して現出した、銀行間為替取引の際のジャパンプレミアム現象に着目する。今進行している「円安とインフレのスパイラル」が起き、日本国債の格付けが下がれば外貨を借りる時プレミアムを求められる危険性を指摘される。それは、我々がゼロ金利でも「円」を持ち続けるのは「円」が国際通貨であり続けるからであり、もし国際通貨で無くなれば「円」を見放すときが来ないとも限らないとの指摘には背筋が寒くなってしまった。それを阻止するためにも、「信頼に足る超長期の財政健全化プラン」が必要なのであり、公的債務が膨らんでもファイナンス出来ると結んでおられる。今進んでいる、日米金利差の拡大による円安は、やがて「円」の信認の低下へと進み、「円」が国民からも見放されてしまう事へと行くことすら予想されているわけで、財政健全化こそが日本沈没を防ぐために不可欠であることを教えてくれている。
こうした問題を提起している河野龍太郎氏の『成長の臨界』を是非とも早く読了したいと思うし、読者にもお勧めしたい。税抜き2500円は決して高くはないと思う。