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労福協 活動レポート

2022年8月22日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第255号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

国際法人税切り下げ競争に最初にストップをかけたバイデン政権

アメリカの中間選挙を秋に控え、バイデン政権は16日に「歳出・歳入法案」を成立させ、格差是正に向けて税制見直しを進めることになったようだ。課税対象として大企業が選ばれ、法人税率21%を28%に引き上げることを断念し、「利益10億ドル以上の大企業を対象に今後最低でも税負担が財務諸表ベースの利益の15%に達するように義務付ける」(日経新聞18日より)とのことだ。どんな課税手法がなされるのか詳細は不明だが、過去3年間で見たアマゾンやインテルといった巨大企業は13%、コロナ禍の下での製薬大手ジョンソン・アンド・ジョンソンは10%、ファイザー社は7%しか法人税を納めていなかったという。

15%の税率が高いのかどうか、更にはEUや日本など先進国の法人税率引き上げを目論む「デジタル課税」との調和といった問題を持ってはいるものの、今までの法人税率引き下げ競争から引き上げに向けた転換の第1歩が踏み出されたわけで、スティグリッツ教授も「(減税合戦という)自滅的な世界的競争を止めるのに役立つ」と評価している事には全く同意できる。何度も指摘して恐縮なのだが、小生が財務副大臣だった2010年6月、韓国釜山で開催されたG20財務大臣・中央銀行会議において、「法人税の引き下げ競争に歯止めをかけるべきではないか」と提案したことを思い出す。あれから12年、その流れが国際的に進み始めたわけで、EUや日本など世界の国々へと引き続き広がることを期待したい。一国だけで先行することは、アメリカといえども簡単なことではない。法人は納税場所をグローバルに選択できるからなのだ。

自社株買い1%課税創設へ、株式資本主義の格差拡大への小さな一歩

もう一つの成果として、「自社株買いに1%課税」が2023年1月から実施されることになった。バイデン政権は向こう10年間で700億ドル(約9.3兆円)の税収を得て、気候変動対策や医療保険の補助の原資にすると同時に、企業に余剰資金を賃上げや設備投資などに回すよう促すものとしている。特に、最近のアメリカや日本などにおいては、利益を上げてもその多くを株主の配当だけでなく、自社株買いによる株主の資産増加を積極的に進めてきており、労働分配率が00年代初頭の64%から10年には58.8%へと低下し、格差拡大の大きな要因になってきた。なぜ株主配当ではなく株価の上昇という形へと転換するのか、それはアメリカにおいても金融所得課税における譲渡益課税の税率が分離課税で、配当や勤労所得より高額所得者にとって有利になっているからだ。さらに、株式の相続については時価で評価されずに大変相続に有利になっているからにほかならない。まさに、現代資本主義が株式金融資本主義として格差社会を拡大し続けてきたことへの、バイデン大統領のささやかな楔が静かに撃ち込まれたのかもしれない。

バイデン政権、初めて気候変動対策予算を付ける画期的な予算へ

そんな日経新聞の記事を読んだ後で、「かんべい」こと双日総合研究所チーフエコノミストの吉崎達彦氏が東洋経済オンライン誌で「寝ていたトランプ支持者を起こしたバイデン政権――11月8日の中間選挙を控えたアメリカにご用心」という最新のアメリカ政治経済情勢を分析された記事が目に入った。ひと頃はバイデン政権の支持率が30%台にまで落ち込んでいたのが40%台へと上昇し始め、中間選挙の直近予想でも民主党は上下両院で過半数を割ることは必至とみられていたのが、7月末には横一線となるまで民主党が息を吹き返しているとのことだ。その大きな要因の一つに、今回の「歳出歳入法案」(日経新聞が名付けたようで、アメリカではIRA=インフレ抑制法案と呼ぶとのこと)によって、昨年バイデン政権としてBBB法案(Build Back Better)が一人の民主党上院議員の反対で潰されたものが、何とか規模を縮小して成立させたことを取り上げておられる。特に、この法案によって「初めて気候変動対策に予算を付ける」ことができたという意味では画期的な法律になったわけだ。

FBIのトランプ邸への強制捜査、寝た子を起こすことになるのか

ところが、こうした経済や安全保障面でのバイデン政権側の前進に大きな影響が出始めるきっかけとなったのが、トランプ前大統領のフロリダ豪邸に対するFBIの強制捜査実施であり、トランプ支持者という寝た子を起こしてしまったのではないか、と今後の中間選挙以降のアメリカ政治に対する影響を心配されている。とりわけ、共和党内で反トランプを前面に出してきたチェイニー下院議員(元副大統領の長女)のワイオミング州予備選挙で、トランプに支援を受けた新人候補に66.3%対28.9%の大差で現職が敗れる事態となり、「トランプ人気」なんとも畏るべし、と述べておられる。

今後中間選挙に向けて、また次期大統領選挙に向けてどのような戦いが展開していくのか、吉崎氏はこの夏からワシントン政治には一種の「変革モード」に入ったのではないかと予想されている。FRBによる大幅な金利引き上げによるリセッションが心配されたわけだが、雇用の増加や失業率の低下も進んでおり、インフレもわずかではあるが上昇に歯止めがかかりつつあるようで、今後どう転んでいくのかはまだ定かではないようだが、アメリカ政治の動向から目が離せなくなりつつある。

岸田第2次政権発足するも、旧統一教会との関係断ち切れず泥沼へ

岸田政権が参議院選挙を勝利のうちに終え、9月27日に安倍元総理の国葬を実施することの閣議決定に引き続いて、当初は9月初旬予定としていた内閣改造を8月10日に実施し、第2次岸田政権がスタートを切った。岸田政権が直面する最大の問題の一つが「旧統一教会」と自民党(とりわけ安倍派)を中心とした政治家との関係であり、安倍元総理が銃殺された直接のきっかけとなった事から問題が大きく広がり始め、内閣支持率の大きな低下となって今もなお岸田政権を直撃しつつある。自民党としては、旧統一教会との関係について組織的調査を実施せず、個々の政治家の判断に委ねようとしているわけだが、肝心の大臣や副大臣、政務官らの中から多くの関係を持っていた政治家が任命されていたことが判明し、何時になったらこの問題から岸田政権がフリーになれるのか、全く見通しが立っていない。直近の情報(「毎日新聞」日曜電子版松倉貴史氏のコラム)によれば、岸田総理自身が広島県の旧統一教会関係者とのツーショットの写真が出てきており、その説明責任が問われ始めてきたようだ。どだい、小選挙区で立候補している議員にとって、応援してくれる支持者との関係はなかなか断り切れないのだろう。おそらく、自民党の大半の議員はこうした関係から逃れることができなくなっているとみている。時間がたてば、国民は忘れてしまうのではないかと甘く見ているのかもしれない。

野党側の憲法の規定による国会開会要求を拒絶する後ろ向き与党

野党側は、憲法に基づく国会開会要求を衆議院議長に提案したものの、憲法ではいつまでに開催しなければならないとは書かれておらず、与党側は閉会中審査で逃れようとしている。閣議決定という安易な方法による安倍元総理の国葬についても、国民の中では反対が賛成を上回っているのが現実で、徐々にではあるが国葬反対の動きが司法の場や街頭行動など出始めてきたようだ。この旧統一教会問題は、日本の戦後民主主義における深刻な恥部を抱えており、今後の事態の推移如何によれば岸田政権の「命取り」になりかねない問題になりつつあるのかもしれない。

岸田政権の「新しい資本主義」アベノミクスへ先祖返りしたのでは

とはいえ、岸田政権にとってやはり一番の問題だと思うのは、国民生活に直結する経済の問題であり、「新しい資本主義」と名打ったものの一向にその理念や姿が確定できないことだろう。政権に就いて初めての「骨太の方針」では、最初の章で次のような指摘から始まっているのだ。

「今後とも、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略を一体的に進める経済財政運営の枠組みを堅持し、民需主導の自律的な成長とデフレからの脱却に向け、経済状況等を注視し、躊躇なく機動的なマクロ経済運営を行っていく。日本銀行においては、経済・物価・金融情勢を踏まえつつ、2%の物価安定目標を持続的・安定的に実現することを期待する」

これでは、アベノミクスそのものであり先祖返りしたと言われても仕方がないだろう。

実は、岸田総理は『文芸春秋』の今年2月号に「緊急寄稿」「私が目指す『新しい資本主義』のグランドデザイン」という論文を書かれている。この中で、市場や競争に任せればうまく行くという「新自由主義」の弊害がグローバル化の下で顕著に表れ、それを解決するのが「新しい資本主義」なのだ、と述べている。そのためには新自由主義で顕著になった格差の問題や環境問題などを解決する必要があり、「成長」とともに「分配」を重視しなければならないと主張されている。そのためには、成長を主導するイノベーションを創る「人への投資」が鍵になるわけで、賃上げを重視していきたいとも述べておられる。

「分配と成長」の関係についての整理がついていないのではないか

ここまでは、なんとなく理解できるわけだが、この「分配」と「成長」の関係について、うまく整理がされていないのではないかと思う。それは、「成長」なくして「分配」の財源は生まれない、と論文の前段の方で「成長」を重視していく必要性を強調しているかと思えば、後段での社会保障分野に言及した際には「成長には供給側のイノベーションや生産性向上とともに、出来上がった製品やサービスを購入してくれる需要側が必要だから」という指摘がなされている。そして「日本が成長をしていくためには、国民の皆さんの所得を増加させ、消費を増やしていくことが不可欠です」と需要サイドを強調している。人口減少し始めた日本の内需が落ち込み始めているわけで、この需要サイド重視の視点こそが今求められている経済政策の柱にすべきなのだ。

結局、アベノミクス主導の経産官僚の軍門に下ったか?「新しい資本主義」に期待できるのか!!

ここからは私の想像なのだが、この『文芸春秋』論文は多くの官僚(OB)や専門家たちの手も加わって出来上がったのではないかと想像している。社会保障分野において「全世代型社会保障」論議の中で展開されているのは「社会保障の充実による所得再分配機能を強化することによって内需を拡大する」道、すなわち需要サイドの政策を重視し、他方で「アベノミクス」を継承したい経済産業省主導の「成長」重視派は、先ずは「分配」の財源を稼がなければためだ、という考え方であろう。この背後には、成長すればそのおこぼれがしたたり落ちるトリクルダウン論に依拠しているわけで、それが成り立たなかったのがアベノミクをはじめ、世界的にも新自由主義による格差拡大だったのではないだろうか。今年の「骨太の方針」を読む限り、アベノミクスへと回帰した岸田内閣の「新しい資本主義」には全く期待できないのではないかと思えてならない。

経済を供給サイドから見るのか、需要サイドから見るのか、実は決定的に違ってくることを「成長と分配」を語る時、多くの専門家たちも十分に理解していないのではないかと思えてならない。この点は、また別の機会に触れることにしたい。


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