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労福協 活動レポート

2022年11月7日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第266号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

アメリカFRBのパウエル議長、引き続きインフレ抑制へ利上げへ

アメリカ中間選挙を8日に控え、選挙に向けて国民の一番関心事項はインフレ問題だとのことだ。言葉としてバイデンフレーションなる造語が民主党劣勢の象徴として語られているようだが、果たして結果はどうなるのか、世界が注目していることには変わりはない。FRBは2日の政策決定会合で、引き続きインフレを抑制するために0.75%の金利引き上げを決定した。今年はあと1回の会合が予定されているが、記者会見に臨んだパウエル議長はインフレ抑制を優先していくことを表明しており、直後のニューヨークダウの株式相場を大きく下落させた。それにしても、FRBがインフレを抑制すべく金利引き上げへと政策を転換させたのが今年3月から、今まで6回の引き上げ率は合計して3.75%に達しており、12月に0.75%引き上げればこの1年間だけでも4.5%引き上げられることになる。これほどの短期間での大幅な金利引き上げは、レーガン政権時代の1981年、ポルカーFRB議長以来の事であり、インフレ退治に向けたパウエル議長の意気込みが強く感ぜられる。

なぜインフレが高まり、これだけ利上げしても抑制できないのか

それにしても、これほど金利の引き上げを急ピッチで進めながら、なぜインフレを抑制できないのだろうか。もっといえば、リーマンショック以降成長率が鈍化する中で、インフレどころかデフレに突入する危険性(ジャバニフィケーションと揶揄されていた)すら指摘されていた先進国が、何故一転して急速なインフレに悩まされるようになったのだろうか。さらに、われわれ日本人にとって、なぜ日本は他の先進国とは異なったパーフォーマンスになっているのだろうか、気になるところである。

渡辺努著『世界インフレの謎』、実に興味深い分析に注目した

その点について分析された興味深い著書が最近発刊された。著者は『物価とは何か』を書かれた渡辺努東大教授であり、『世界インフレの謎』と題して10月末発刊の講談社現代新書である。ちなみに、前著である『物価とは何か』は日本経済新聞社から第65回日経経済図書文化賞に選ばれており、私自身大いに学ぶところが大であったが、今回の著書も同じ講談社現代新書ではあるが、前著以上に興味深い論点が満載されている。目次を読んでみて、「はじめに」と「おわりに」が無く出版を急いでおられたのではないかと想像するが、今一番の関心事項でもあるだけに多くの人たちの手に取って読んでほしい一冊である。

インフレが高揚し始めた背景、ロシアとウクライナの戦争ではなく、パンデミックの世界的蔓延にある

この『世界インフレの謎』では、インフレが突然大きな問題になったのはロシアのウクライナ侵攻からではなく、世界的に蔓延したパンデミックが齎したものだとその直接的な原因に言及される。それは、世界的な物流のネットワークを寸断させ、各地で様々な商品が品薄となってしまい、価格の高騰、すなわちインフレーションが半世紀ぶりに襲い掛かってきたというわけだ。

しかし、パンデミックが一段落してもインフレの流れは衰えることなく続いているのは何故なのか、と渡辺教授は問う。資本、労働、技術は破壊されていないのになぜ元に戻らないのか。ここで教授は労働者・消費者による想定外の行動を指摘する。結論から言えば2年間のリモート生活に慣れた労働者は工場やオフィスに戻ることを阻む動きを示し、働き手の減少すなわちモノとサービスの供給の減少を招き、それが需給のアンバランスを引き起こしているのだ、と分析されている。

企業、消費者、労働者の「同期」化がインフレをもたらしている

消費者の側でも生活様式が変わり、消費が集中する品目では生産が追い付かず価格上昇が起きているとのことだ。しかも、これらの動きは世界同時に国をまたいで「同期注」するという、まさに普通ではありえない現象が起こっており、共通の敵であるウイルスから防衛することができた副作用として、常識では考えられないようなマクロの経済変動なのだとのことだ。(注「同期」とは、パンデミック下におけるウイルスとの戦いでとった世界の人々の同一の行動変容を言い表すキーワード)

『フィリップ曲線』が役に立たなくなった先進国の現実に驚き!!

この世界的なインフレに対処すべく先進国(日本を除く)は、FRBで見たように大幅な金利引き上げを実施してはいるものの、依然としてインフレを抑制できるところまでには至っていない。渡辺教授は中央銀行の「気のゆるみ」と「過信」を指摘するとともに、実に重要な問題指摘をしている。「研究者や中央銀行がインフレを予測する分析道具として頼りにしてきた『フィリップ曲線』が役に立たなくなったこと」(57頁)を指摘する。

その詳細については、直接本書を読んでいただきたいのであるが、世界経済が低インフレ下の需要不足モードから供給不足というまったく逆のモードへと大きく反転したことにある。

中央銀行は供給サイドを高められない現実、需要を下げ続け供給できるレベルまで落ち込む以外に利上げは終わらないのか?

その供給不足にたいして中央銀行が何もできないのが現状であり、金利の急速な引き上げを進めているのも、不況をもたらすことによって需要を供給に一致するレベルにまで力づくで落とし込むしか手がなくなっているとのことだ。つまり、インフレを退治するために需要サイドを上げ下げすることには中央銀行は熟達できていても、供給サイドを高めて行くことはできないのだ。それだけに、今の金融引き締めが進んで供給力にマッチするレベルにまで需要側を落ち込むことしかないわけで、まだまだその需給ギャップは解消されるまでには至っていないようだ。しかし、この問題提起自体は私自身初めて知る問題指摘であり、世界の経済専門家がどうしたらよいのか考え続けていくべき問題なのかもしれない。今後の展開を注目していきたいと思う。

日本の消費者物価3%台へ、賃上げと物価引き上げを実現させるノルム転換の千載一遇のチャンス

問題は日本である。日本の消費者物価指数も3%台へと引き上がり、世界的なインフレの波(急性インフレ)が押し寄せていることは確かである。だが、黒田日銀は、イールドカーブコントロール政策という「異次元の金融緩和政策」を転換させようとはしていない。結論から言えば、渡辺教授も、日本の場合デフレが依然として基調として続いており(慢性デフレ)、ようやく食品やエネルギー価格の上昇などが引き上がり始めているし、各種調査で見ても日本の消費者の行動や意識が欧米の消費者と同じように転換しつつあることに注目している。そこで、賃上げと価格引き上げをどう実現させていくのか、そのことを通じて日本の消費者のノルム(賃金も物価も上がらないという規範的な意識)を変えていくチャンスが到来していることを指摘している。政府、労働者、経営者がどうこのノルムから脱却できるのか、重大な岐路に差し掛かっているわけで、この千載一遇のチャンスをものにできるかどうか、日本経済の転換期なのかもしれない。

渡辺教授が指摘する「日本の賃上げ実現の3つの条件」

渡辺教授は日本の賃金引き上げ実現について、次の3つの条件を挙げておられる。

一つは、物価は上がるという予想が人々の間で共有され、生活を守るための賃上げ要求は正当であるという理解が社会に広まるか否かで、最近は状況が改善しつつある。

二つ目は、賃上げに伴う人件費の増加分を価格に転嫁できる、と企業が考えるか否か。様々な業種の様々な企業で働く労働者等から、一斉に賃上げ要望が出るような工夫が重要、まさに「春闘」の再開では。

三つには、労働需給の逼迫が日本でも起きるか否かが重要で、アメリカやイギリスで見られた「ロング・ソーシャル・ディスタンシング」が拡がるかどうかに注目。

来年の春闘で5%の賃上げを打ち出した連合、経済界も賃上げに前向きになっているし、政府の側も賃上げは当然必要と述べているわけで、千載一遇のチャンス到来である。どうこの流れを生かしていけるのか、重大な局面に立っているようだ。企業別労働組合をベースにした日本の労働組合の現実を考えたとき、どうマクロ的な観点から政労使が結束していけるのか、「合成の誤謬」から脱却させていくためには政府の役割こそが問われているのだが・・・。


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