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2022年12月12日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第271号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

NHK会長の国会同意人事、上村達男名誉教授の問題指摘の重要性

NHK会長人事は、日銀理事OBで現リコー経済社会研究所参与の稲葉延雄氏が選出されることとなったようだ。NHKについては、その独立性が強く求められているだけに、日銀とよく似た組織理念の下で活躍されていた稲葉氏の名前が挙がった時、個人的には好意的にみてきた一人である。もっとも、肝心の日銀については、黒田総裁の下での独立性がどのように担保されているのか、最近ではやや疑問に思う事が出始めているようだ。果たして、NHKの抱えている今後の課題にとって稲葉氏が本当に適任なのかどうか、残念ながら判断できる十分な材料を持ち合わせてはいない。

朝日新聞社の月刊誌『Journalism』最新号の上村論文は必読だ

そんな時、朝日新聞社が発刊している月刊誌『Journalism』12月号の巻頭論文に。私の信頼し尊敬する早稲田大学名誉教授上村達男氏が、「ガバナンスと公共性の認識 次期会長がなすべきこと」と題して、自らのNHK経営委員会委員(委員長職務代行)としての経験を踏まえながら、実に骨太な問題指摘がなされている。NHKの独立性の問題はもとより、経営委員会と会長・理事会との関係についてのガバナンスの在り方や、より公共性の立場に立った番組内容の改革の問題など、日本の民主主義にとって重要な役割を持っていることを強調されている。実にタイミングの良い示唆に富む内容であり、多くの人達に是非とも読んでほしい論文だ。とりわけメディア関係者及び国会関係者には必読だと思う。

「国会同意人事」は「政府任命人事」ではないことの重大性

私が特に注目したのが、NHK会長人事が「国会の同意人事」であり、「政府任命人事」ではないということの重大な意義を指摘されている点である。

かつて、参議院議員を3期18年の間、NHK会長や経営委員会委員はもとより日銀総裁・副総裁や政策審議委員、更には公正取引委員会委員など数多くの国会同意人事に賛否の投票を行使してきたわけだが、どうせ多数派の政府・与党が人事を決めて国会に形式的に諮るだけで「国会同意人事」と「政府任命人事」をしっかりと区別することなく考えてきた。恥ずかしいことになぜ国会の同意人事になっているのか、その民主主義の歴史的な重要性について深く考えてこなかったことを猛省させられたのだ。

もっとも、私自身は国会同意人事の在り方について、単なる本会議での賛否の投票行動だけで終わらせることへの反発は持っていたわけで、同意の投票行動前に該当する候補者と国会議員との間で該当する委員会での質疑応答をするべきであり、そのうえで賛否を明らかにしてはどうかと問題提起してきた一人である。結果として、その提案は受け入れられ、その後の国会同意人事の与野党合意ルールとして制度化されたと記憶している。だが、今度のNHK会長人事おいて、どのようにその手続きがなされることになっているのか良く判らないわけで、どうも形骸化しているのではないかと思えてならない。

日本が重視してこなかった「魂」=制定法以外の規範、自主規制、慣行などの持つ重い権威

上村教授は、日本が明治維新以降、西欧先進国から法律を受け入れる努力を進め、アジアで初めて自国の言葉に置き直した法体系を完成させたことの歴史的意義を高く評価されている。ただ、イギリスやフランスなど先進国では明文化された法律以上に「魂」があり、それを十分に継受出来なかった日本の弱さに言及されている。その継受出来なかった「魂」とは何かについて次のように指摘されている。

「思うにその一つは、制定法以外の規範、自主規制、慣行等が、欧州では制定法statuteならぬ法lawとしての重い権威を有しえていたことの認識…」であり、「今、この『魂』の部分の欠落が日本に重くのしかかっているという認識ぐらい大事な観点はない」と強調されている。特にNHKという公共放送機関においては、少数意見を大切にし多様な価値観を提示していくことの民主主義にとっての重要性を強調され、そのためにも強大な権力を持つ政府に対する独立性の担保がいかに重要であるのか、強調されている。

与野党一致、最低限「野党第一党の同意」による選出という議会慣行の存在を否定した安倍政権

そのうえで、日本における「lawとしての権威を持つ慣行」として、国会の同意人事における安倍政権以前の慣行について次のような事実を指摘されている。

「国会同意人事が政府任命人事とは異なるのは、それが政府から独立した機能を営むべき機関の人事(日銀政策委員会審議委員、公正取引委員会委員、中労委委員、NHK経営委員等)であるためであるから、与野党一致ないし最低限野党第一党の同意がなければならないという議会の慣行が日本にもあった。―(中略)-これを完全に政府任命人事と同じに扱ったのは安倍政権である」(10頁)

強大な政府権力からの独立に必要な「国会の同意」という武器

かつてNHK経営委員に就任された上村教授自身も、与党だけでなく野党側の同意を得ての任命であり、「与野党一致で選任されていればこそ、経営委員会の会長・理事に対する権威が重くなり、国会での予算審議もスムーズにいく。それが首相のお友達人事となれば、経営委員会の権威自体失せていくのは当然であろう」(10頁)と指摘されている。まさに、その通りであろう。かつては人選をするにあたって総務省の事務方が、与党だけでなく野党側からも了解してもらえる人物探しに苦労したとのことだ。

上村教授は、NHKのガバナンスの脆弱さの根底には「与野党一致の国会同意人事という、先人たちが形成した慣行を、今はlawとして認識できない国会の姿がある」と厳しく指弾されている。

国会での政治家追悼演説も反対党の役割という「慣行」だったはず

上村教授の論文を読みながら、論文内でも触れられていた安倍元総理に対する野田元総理の追悼演説のことが浮かび上がってきた。野田演説の内容が、民主主義の土俵となっている国会での与野党の対立とともに、民主主義のレベルを高める与野党の競争という観点から実に味わいのある名演説であったと思うのだが、果たして今の国会議員の方達、とりわけ自民党所属議員にはどのように受け止められたのであろうか。この国会での追悼演説についても、日本の国会での慣行(=「lawとしての権威を持つ慣行」)として野党党首であれば与党党首(総理)が、与党党首(総理)であれば野党第一党の党首が国会での追悼演説をしてきたとのこと。安倍元総理夫人が「あの人がいい」と言っていたという類いの話ではない、と論文の中でも指摘されていたことにも触れておきたい。

民主主義をより高めて行くべき国会での「慣行」を重視しよう

安倍元総理にとって、自らの第一次政権の「敗北」から民主党に政権交代を許した「責任」ということもあったのだろうか、民主主義の競爭としての与野党の対立と競争・協調という視点が失われてしまったことは、まことに残念なことであった。それだけに、今後の「国会同意人事」の在り方など、民主主義をより高めて行くための良き「慣行」を確立していけるよう岸田総理はもちろん、すべての議会人には努力して欲しい。

【国際情勢を複眼思考で読み解きたい―『文芸春秋』新春号を読んで】

本格的な冬を迎えたウクライナでは、ロシアによる発電関連設備が集中的に攻撃され電力不足の中で厳しい寒さを迎えている。一体いつになったら「戦争」が終わるのか、未だに停戦に向けた動きが進む気配は見えていない。一刻も早い和平に向けた停戦交渉が実現することを強く期待したい。

こうした国際的な動きについての報道の在り方に疑問を呈する識者の声が出始めている。週刊『東洋経済』の12月17日号の定番コラム「ニュースの核心」で福田恵介コラムニストが「一方的な情報だけで国際情勢を見てはならない」と題して、「これまでのウクライナ戦争報道でも、不思議なのは、ロシア側の状況を伝える報道が本当に少ないことだ」と情報の偏りに言及しておられる。もちろん、ウクライナへ侵攻したロシアの責任を指摘してはいるのだが、「ロシアが悪いので、ロシア側の動きや考えなどを知る必要がない」とは言えないのではないか、とメディアの報道の在り方についての重要な問題提起がされている。けだし、その通りだと思う。

こうした視点を裏打ちするかのように最新の『文芸春秋』1月号で、フランスの歴史人口学者イマニュエル・トッド氏と作家・元外務省主任分析官佐藤優氏および慶応義塾大学教授片山杜秀氏による鼎談「ウクライナ戦争の真実」が語られている。その中で佐藤優氏は、ロシアのプーチン大統領が今年10月27日にモスクワ近郊で開催された恒例の『ヴァルダイ会議』に出席して1時間の講演とその後の3時間以上にわたる討論の中身を紹介し、世界の中で米英を中心にした日本を含む欧米諸国の対ロシアとの戦いについての問題点などの論議を進めている。その論議の冒頭で、
「佐藤 ヴァルダイ会議での発言は、プーチンの思想を知るための『重要資料』なのに、日本の論壇やアカデミズムで無視されているので、私は1週間かけて会議録のすべてを日本語に訳しました」と述べ、この鼎談の中でプーチンの国際情勢や歴史認識などについての問題提起役を務めておられる。ちなみに、トッド氏はプーチンのヴァルダイ演説を読んで思ったのは「英米の覇権主義が、逆説的にもロシア史に新たな普遍的意味合いを与えている」と述べ、ロシアが世界における「保守的な勢力」を代表するようになり、ロシアの「ソフトパワー」となりつつあると指摘。確かに、国連におけるロシアのウクライナ侵攻に対する「非難決議」に多くの棄権した国々の存在をどう理解したらよいのか、この辺りについての冷静な議論が求められていることは間違いない。

トッド氏などは、かねてからアメリカの核の傘に依存するのではなく、自前の核武装をするべきだと物騒な問題提起を日本にしてきたわけで、おいそれと彼の論調に乗っかることは別にして、複眼的に物事を理解していく必要性を痛感させられることは確かである。
それにしても、プーチン大統領は『ヴァルダイ会議』での質疑応答3時間、メモなしで自分の言葉で語っているとのこと、どこかの首相や大臣とは大違いのようだ。

【1日遅れの『世界』新年号、浜口論文を読んで】

北海道は月刊誌の発売日が輸送の関係で送れるわけで、月刊誌『世界』新年号は12月10日であり、『文芸春秋』新年号より1日遅れであった。それぞれ目次で誰が何を書かれていたのか判っていたわけで、『世界』の特集1である「経済停滞 出口を見つける」の中に、浜口桂一郎」JILPT所長が書かれた「日本の賃金が上がらないのは『美徳の不幸』ゆえか?」を11日大急ぎで読んでみた。これまで浜口所長のブログで書かれていたことの延長ではあるが、私がかつて最初に勤務していた鉄鋼労連の宮田義二委員長の発言から、1974年春闘の大幅賃上げから始まった「経済整合性論」が打ち出されていたことの指摘を、初めて目にしたように思う。公的には福田赳夫元総理が所得政策を打ち出そうとした際に、宮田委員長は労働組合の側から賃上げを自粛していくことを述べたもののようである。おそらく、未だ原典に当たっていないが宮田委員長の「懐刀」と言われた千葉利雄調査部長(後に副委員長)が、宮田委員長に対して知恵を付けたのではないかと想像している。1974年3月31日、私は鉄鋼労連を辞めて北海道の自治労へと転職をするのだが、当時の千葉利雄さんの考えていた事を調査部員として薄々知っていたわけで、この『経済整合性論』こそが、その後の日本の賃金闘争が欧米のようなスタグフレーションを招くことなくインフレを鎮静化させることに大きな力を発揮したとみている。それが今日では「桎梏」となっているのだと思う。

『文芸春秋』新年号で、日銀OBの早川英男氏が「賃上げを阻む『97年密約』」という論文を書かれているが、私は早川説ではなく浜口説での「経済整合性論」こそが今の賃上げを阻んでいるという考え方に立ちたい。願わくは、浜口説に依拠しながら「産業別最賃の引き上げ」に向けて、政労使が全力を挙げて努力していくべき絶好の時ではないだろうか。
「政と労」が結束して「使」を押さえつけてでも実現すべきだろう。


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