2023年1月10日
独言居士の戯言(第275号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
書評 三枝匡著『決定版 戦略プロフェッショナル 戦略独創経営を拓く』(株式会社KADOKAWA 2022年12月26日刊)
三枝匡さんとの再会、バブル崩壊直後の1992年秋から始まる
著者である三枝匡氏とは大学時代の友人であり、新入生の時の同じクラスメートである。ただし、学生時代にはあまり会話した特別な記憶はなく、3年生のゼミ選択でも同じ経済学部ではあったが、三枝氏は板垣与一ゼミへ、小生は日本経済史の永原慶二ゼミと異なった道を歩んできた。その三枝氏との再会は、参議院議員に当選した1992年の秋から始まり、以来30年近い月日が経つわけだが、ちょうど日本経済はバブルがはじけ、その後の長い停滞の時代の始まりの時から今日まで続いている。この30年間、日本経済は「失われた10年」から「20年」、そして今では「失われた30年」が過ぎたところだが、変化の兆しが依然として見えないままである。
この本は「失われた30年」がなぜ起きたのか「解明の書」でもある
日本経済をどう立て直していけるのか、国民の最大の関心事であることは確かであろう。三枝氏の今回の新著も、実はなぜ日本は戦後30年間の素晴らしい経済パフォーマンスを示しながら、バブル崩壊後の30年間は停滞し続けている事への企業経営という観点からの、実にタイミングの良い「警告の書」であり「問題解明の書」でもある。実は『戦略プロフェッショナル』という著書は、三枝氏の書かれた最初の本格的な経営書として1991年ダイヤモンド社から出版されており、増補改訂版など含めて35万部も売り上げたベストセラーに名を連ねてきた古典である。(その後、『経営パワーの危機』『V字回復の経営』『ザ・会社改造』も含めた4冊で100万部に達しているとのことだ)
経営への「熱き思い」が平凡なサラリーマン生活との勇気ある決別、ボストンコンサルタントグループへ
今回の新著はノンフィクションの全面的な書きおろしに改め、更に前著にはない新しい章を加え、大幅な加筆をした決定版とのことだ。読み終えて、よりノンフィクションに近づけたせいか、前著以上に臨場感に溢れ、分析の切れ味は見事であり、何が問題なのかが胸に迫ってくる。特に、「第1章経営者になりたい」「第2章国際レベルの人材を目指す」という新たに付け加わった2章は、著者である三枝氏の原点ともいうべき「熱き思い」が吐露されていて読む者に迫ってくる。熱き思いを持ち続けた三枝氏は、財閥系の大企業という安定職場をなげうって、ボストンコンサルタントグループの日本事務所採用の第1号となり、あの高名なアベグレン氏の下で研鑽を積む。
さらなる高みを目指しスタンフォード大学MBAに独力で挑戦へ
そうした中で、さらなる高みを目指すべくスタンフォード大学に思い切って留学され、しっかりとした理論の研鑽を積んでMBAとなって帰国され、戦略的ターンアラウンドの道へと踏み込んでいくことになる。お恥ずかしい限りなのだが、私自身も貧困家庭に生きてきた一人の学徒として一度は経営者になりたいと思ったこともあるだけに、三枝氏の志の高さや意思の強さにただただ敬服するばかりである。経営の第一線からリタイアされても経営者教育の面で大きな力を発揮されており、日本の経済界でも異色の才能を発揮され今日に至っていることは、我々同窓・同期の仲間の誇りであることは言うまでもない。
本書における『経営ノート』に注目、劇場の幕間のような仕掛け
特に、各章そのものも実に興味深いストーリーと分析が繰り広げられているわけだが、各章を読み終えて一区切りしたところにある「経営ノート」が書かれていることに注目した。三枝氏はこの「経営ノート」について「自分の経営行動を振り返り、正しいことをしているのかどうかの疑問に答えられないまま、次の一手をどうしようかと考えている」。読者がそれを読み終えると見るや「ヨシ、次はこれだ」と決心して立ち上がり、表舞台に戻っていき、我々読者は次の一幕を見るという仕掛けになっているとのことだ。まるで演劇の幕間の時間が提供されているかのごとくである。
世界の事業革新のメガトレンドに遅れている日本、『戦略』と『組織問題』両方の問題を指摘
もちろん、最後の8番目の「経営ノート」は、『世界の事業革新のメガトレンド』を取り上げ、「日本の弱体化を生んでいる最大の要素」を分析し、①日本人は経営の「知的創造」に負けた②日本人は「個人経営的力量」で負けた③その結果、近年、世界の事業革新のメガトレンドの変化がますます加速しているのに対して、日本人の多くは後から追いかけることしかできなくなっている、と問題を指摘する。「日本の経営を革新するためには、『組織問題』が常に『戦略』と抱き合わせで扱われなければならない」とのべ、最後に三枝氏の過去30年間に及ぶ経営者・ターンアラウンド・スペシャリスト(事業再生専門家)として試みてきた改革手法について、「九、日本の強さ復活へのフレームワーク」の中で問題を提起し、次の世代の経営者の方達への提言を示している。
アメリカが日本から盗み取ったプロセスに、今度は日本が学ぶべきだ
まず、日本企業がダメになっている原因として、『戦略』(会社の外に目を向けた戦い)と、『ビジネスプロセス・組織』(会社の内部に目を向けた戦い)を分けて考えることの重要性を指摘する。不振企業は「戦う体制」を立て直すため「前より小ぶりで機動力の上がった事業単位それぞれにおいて、新たに抜擢した経営人材が、最適と思える戦略を個別に立案する」。そのレベルアップの上で市場に向けた新戦略を合体させ、総合的な改革を進めていくという手順を示す。それは、ちょうどアメリカが日本から『戦略』を盗み取り、次いで『ビジネスプロセス・組織』の改革手法を生み出し、90年代以降この二つを合体させダイナミックに作動させてきたことを指摘する。
この間のアメリカが日本の経営から盗み取っていった軌跡はこの新著で補筆された第1章と第2章「三枝の経営ノート①と②」に詳しく書かれていて衝撃的である。なんと、GAFAMの一角であるあのAmazonの経営手法が、日本の経営(トヨタのカンバン方式など)から盗み取ったモノであったという衝撃的事実にも言及する。
最後に指摘する8項目の課題、要は気骨のある経営人材の育成
こうした分析の上で、最後のまとめとして8項目の課題を指摘する。要は、戦略をいじる前に、組織が機動的になっているのか、改革の抵抗には断乎としてはねのけること、それを進める「気骨のある人材」を配置し事業ごとの計画を策定させ、点検させていく。何よりも経営人材を中心に集中的に取り組み、社長自ら「それで勝てるのか」を問い続けるハンズオンの指導、結果として試行錯誤の経験の集積が経営人材を作り上げていく、というものである。
三枝氏は、本書の最後で今の日本の直面している「組織の劣化」「経営人材の枯渇」という問題を、「新しいモデルを手作りで作り出すこと」に野心を持ち続けてきたことを吐露している。40年以上の経営経験で蓄積した三枝氏の「フレームワーク」を若い世代に伝授し、彼らに経営ライン責任を早期に負わせ、戦略プランを作らせ、人材育成を世の『二倍速』・・(中略)・・できないだろうかと考え」、株式会社ミスミにおいて経営人材育成プログラムに注力したことを述べている。次の世代が「組織フレームワーク」を編み出し、新たな革新を担うことが不可欠だと結んでいる。企業の勝ちは「フレームワーク」で決まると述べ、「自分の会社を元気にする」ためにビジネスパーソンの責任を強く求めている。
国会質問、「純粋持ち株会社の解禁」も経営人材育成という三枝理論から拝借
最後に、私が三枝氏とお会いして国会で取り上げたテーマについて触れておきたい。92年秋から所属委員会は商工委員会であった。当時は通産省と経済企画庁、公正取引委員会などを主管する委員化で、バブル崩壊直後であったため、まだそれほどの深刻さからは程遠かった時ではあった。既に三枝氏は、日本の経営の問題点について深刻に考えておられ、ビジネスの最小単位における「創って、作って、販売する」という流れをいかに早めることができるのか、こそが問題で、それがうまく回っていないことを指摘されていた。それを解決していくためには経営人材が重要であり、経営者はそれを体験しないと自分のものにならない。そういう経営人材は、事業部制では育たないのであり、純粋持ち株会社の解禁、つまり独占禁止法第9条を改正して傘下に多くの会社を持ち、それぞれの社長が責任を持って経営していく必要性を指摘され、さっそく国会で取り上げ質問したわけだ。
当時は「社会党に所属していたため、なぜ経営側にとって有利になるような質問をするのか」と訝しがられたものだが、結果として党内からは何のお咎めもなく質問することができた。背後では、通産官僚と公正取引委員会が法改正と取引して定数増問題で手を結んだのではないか、といったことが噂されていたようだが、自分にしてみれば、日本経済がどう力を発揮できるのか、という問題意識に基づいての質問だった。今では、持ち株会社の存在は当たり前のように存在しているが、当時はまだタブーに近かったことが思い出される。
日本経済の活性化に向け、三枝理論を経営に生かして欲しい
それにしても、日本の経済がここまで落ち込んで停滞しているのは何故なのだろうか。今更高度成長期の高い成長率が回復することなどありえないが、それにしても、殆んどゼロ成長しているだけでなく、そのもとでの労働者の賃金が上がらなくなっているのだ。経営者側は、内部にためた利益剰余金500兆円を超すお金をどう投資してよいのか、あてもなく彷徨っているのだろう。今こそ経営パワーを発揮して、日本の経済が安定した発展ができるよう頑張って欲しいものだ。そのためにも、この三枝匡氏の書かれた『戦略プロフェッショナル』をはじめ、これから続いて出されていく(そのような取り組みが進められているようだ)であろう「三枝シリーズ」(?!)を、熟読玩味して経営に生かして欲しいものだ。