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労福協 活動レポート

2023年1月16日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第276号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

日銀「異次元金融政策」を揺るがす世界インフレの日本への波及

昨年12月の押し迫ったクリスマスの時期に、突然日銀の金融政策を揺るがす決定が実施され、経済界はもとより政治の世界でも今年の4月までの任期となる日銀総裁人事とも絡んで大きく取り上げられてきた。イールドカーブコントロール政策(以下YCC政策と略す)が±0.25%から±0.5%へと10年物の国債の金利上(下)限が広げられたわけだ。これまで黒田総裁が記者会見で否定していたことを覆した政策転換であり、日銀に対する不信感は拭えない。その結果、年明けの1月13日の東京債券市場での取引は日銀が必死に買い支えたものの、0.5%を上回る0.545%まで金利上昇が進んでおり、今週の17~18日に予定されている日銀の政策決定会合ではどんな論議が展開されるのか、市場は固唾を飲んで見守っている。徐々に金利が引き上がり続ければ、住宅ローンなどの金利も引き上げられ、国の利払い費が高騰し財政破綻の悪夢が見え始めてくる。

日銀の長期金利幅拡大、政府との密約を年末に突然断行へ、岸田政権はリフレ派人事を変更したのだが…。

そうした中で、今週の『週刊東洋経済』は日銀の10年に及んだ異次元の金融緩和政策についての特集号となっていて、実に興味深い情報が満載である。

そもそも、YCC政策の10年物国債の金利幅を0.25%から0.50%へと引き上げた今回の経過について、軽部謙介帝京大学教授・ジャーナリストが「『内閣人事権』異形の10年は終わるのか!?」と題したコラムに目が行った。その中で、昨年夏から秋にかけて2%のインフレ目標どころか3%台にまで物価上昇し始めたことに対しての事であろうか、政権側から「具体的な方策は任せるから何とかしてくれ」という不満を受けた日銀側が、突然年末に0.25%から0.5%へと引き上げを進めたのだ、という見方を披歴されている。

この中でも明らかになっているように、安倍政権時代に黒田総裁をはじめ日銀の政策委員にはリフレ派だけを任命してきたわけだが、岸田政権になって久方ぶりにリフレ派以外の専門家を任命し始めてきた。この人事に対して故安倍総理から抗議されたにもかかわらず強行しているわけで、アベノミクスの象徴ともいえる日銀の金融政策を変えようとする意欲は意外と強いものがあるのかもしれない。今後の日銀の総裁・副総裁だけでなく、政策委員の人事交代にも注目していきたい。

長期金利引き上げは、YCC政策の転換にまで行きつくのか

それにしても、このYCC政策の長期金利の幅が0.25%から0.5%にまで動かしたことは、更なる金利の幅を拡大することになるのか、それともそもそも中央銀行が短期金利ではなく、10年物の長期金利まで規制するという異常なYCC政策の変更にまで至るのか、重大な岐路に立たされている。いったい何時までYCC政策を維持できるのか、市場では内外の金融筋が日銀の政策に対して長期国債売りを執拗に仕掛けており、先述したように既に0.5%を債券市場では上回る数値を記録したわけで、次の日銀総裁人事とも絡んだこの動きに注目すべきなのだろう。

軽部氏によれば、この政策転換がなされて背景として

①次期総裁がやり易い方向への転換
②人事を間違えるな、という黒田現総裁のダメ押し

の2つの見方を示しておられるが、一体どちらなのか明確に示されてはいない。次の日銀総裁人事は2月にも内示されるとのことだ。できれば国会での同意に基づいて内閣が決定していく際に、国会同意に向けて野党の(最低でも第1党の)了解を得て人選していくべきではないかと思う。安倍政権時代にはそんなことをするとは到底考えられなかったが、岸田総理には期待したいとおもうが無理な注文だろうか。

白川前総裁「政府・日銀『共同声明』10年後の総括」特別寄稿論文(『週刊東洋経済』最新号所収)に注目

この『週刊東洋経済』で一番注目したのが、白川方明前総裁による特別寄稿「政府・日銀『共同声明』10年後の総括」と題する10ページにも及ぶ素晴らしい長大論文である。10年前の第2次安倍政権発足の際に発した「共同声明」について、この文書が「アコード(政策協定)」にさせないよう慎重に進めてこられたこと、直前に実施された総選挙で、安倍自民党がリフレ派の見解に基づく金融政策を公約として取り上げ勝利したことを受けての、苦渋の選択を進めてこられたことなど、実に率直に苦悩する中での経過が書き込まれている。

具体的には5項目について、次のような小見出しの下で「共同声明」における白川総裁が苦慮された内容が詳細に書かれている。

①文書は「政策協定」ではない ②2%目標水準は条件付き ③達成時期については「2年」だけは回避 ④柔軟な金融政策運営を可能に ⑤競争力の強化と財政の健全化の努力

では、その後の10年でどうなったのか、これまた小見出しだけだが次のようになっている。

①物価目標の未達 ②海外金融情勢変化による円安化 ③潜在成長率の低下④財政規律の弛緩 ⑤最大の変化は人々の認識の変化

とあり、特に最後の「人々の認識の変化」については、「日本経済の低成長の原因は物価の下落ではなく、直面している課題は潜在成長率の低下を食い止め、生産性の上昇率を引き上げることだ」と多くの人が実感を持って理解するようになったことを挙げておられる。

指摘されていることは、実にその通りであり、黒田総裁以前の自らの時代も含め20年近く続いてきたことへの反省の言葉を挙げておられる。

「共同声明」をどう見直すべきか、正確な課題認識の下でオープンに、時間をかけて熟議が必要

では、今進めつつある「共同声明」についての「見直し論」についての白川前総裁の見解はどういうものなのか。

まず、オープンな議論の必要性を指摘され、正確な課題認識を持つことの必要性に言及される。白川氏の考えておられる課題は「高齢化、人口減少がさらに進む状況の下でも一人当たり所得が持続的に成長できる経済を作ること・・」(97頁)を挙げ、人口減少をどこかの時点で止まる展望を持てるようにしたいとのことだ。

「2%目標」については、そうした数値至上主義には共感できないこと、さらには「金融緩和頼み」を防ぐことの重要性にも言及されている。これまでの長期にわたる金融緩和はさまざまなルートを通じて生産性上昇率を引き下げ、経済の供給面に影響を与えると共に、金融システムの安定性にも影響を与えると警告されている。(私自身としては、ヒックスの「IS-LM」理論の問題にまで言及すべきと思うのだが、それはまた別の機会にすべきなのだろう)

最後に、「共同声明」について現時点で新総裁選定までに、といった性急に改定する必要はなく時間をかけた熟議が必要で、金融政策運営の枠組みやそれを支える理論については国際的にも見直しが求められ始めているとのことだ。日銀が進めてきた他国に先駆けての経験を生かして、世界に向けて発信していくべきことを述べ、この論文の最後を締めくくっておられる。

白川前総裁の論文は、今後の新しい政策に向けて必読重要文献だ

一読して、実によくこの間の10年、いや20年近いバブル崩壊後の日本の金融政策についての総括が丁寧に述べられており、読む者にさわやかな感動すら覚えたことを指摘しておきたい。是非とも一人でも多くの方に、過去の異次元の金融緩和政策の総括と今後の展開も含めて一読をお勧めしたい。

この特集号には、その他の日銀関係者の様々なコラムや鼎談などが掲載されていてそれはそれで興味深いのだが、白川論文を読んだ後では、なんとなくそれらが色褪せたものに思えてしまうのが不思議であった。


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