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労福協 活動レポート

2023年1月23日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第277号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

「所得倍増」論は池田総理の専売特許ではなかった、石橋湛山から

いよいよ通常国会が始まるわけで、これから安保・防衛問題以外ではどんな論点が与野党の対立点になるのか、マスコミ各紙の情報を探ってみた。

21日土曜日、毎日新聞の伊藤智永専門編集委員の定期コラム「土記」が、「池田勇人の所得倍増」と題して岸田首相が提唱した「令和版所得倍増をめざす」という総裁選挙での公約の変質についてコメントされている。この「所得倍増計画」は池田勇人総理が提唱し高度成長をもたらしたものとして有名だが、実は、その2代前の石橋湛山内閣の時代に初めて予算編成の時に使ったのが嚆矢とのこと。石橋湛山と池田勇人との関係や、石橋氏が病気に倒れて岸内閣になった時に「所得倍増」に目をつけ、池田勇人氏や福田赳夫氏などを巻き込んだ人間関係などがエピソードとして語られている。その間、「所得倍増」という「国家の大計を政敵がラグビーのパス回しのようにつないでいく」と高く評価されている。

福祉体制実現は偶々岸の時代だが、背景には政権交代に肉薄する社会党・総評ブロック台頭に着目した湛山の知将石田博英の存在?!

それはそうなのだろうが、気になったのは、次のくだりである。

「さすが岸は剛腕だ。最低賃金法、国民皆保険の法改正、国民年金法を次々に成立させ、高度成長を支える福祉体制を整えた」

なるほど、岸内閣時代に法改正が実現したことは確かだが、岸総理が自分の目指すべき課題として思っていたのかどうか、疑問に思える。私にはこうした福祉体制を強化する準備をしていたのは、岸氏ではなく石橋湛山氏ではなかったか、と思うのだが確証があるわけではない。石橋湛山という優れた経綸をもった政治家の下には、石橋内閣の官房長官を務めた石田博英氏(その後労働大臣などを何度も歴任)が存在していたことに、やや一方的に思いを馳せている。

彼が、これらの福祉体制にどのように関わっていたのか、その点を定かにできる材料を持ちえていない。それ等の準備は厚生省や労働省などの官僚の中で、欧米先進国で進む福祉国家化の動きをフォローしていたはずで、石田氏は当時の自社二大政党制の中で、左右統一後の1950年代の日本社会党の躍進に注目し、やがてこのままいけば自民党から社会党へと政権交代するのではないかと危機感溢れる論文「保守政治のビジョン」を、1963年『中央公論』に掲載している。(前年には有名な社会党の「江田ビジョン」が毎日新聞社『週刊エコノミスト』誌に掲載)

大きな制度改革が進むためには、政権を揺るがすような脅威の存在

結果として石田氏の予想は外れ、革新自治体が東京をはじめとして実現できただけで、社会党は内部の路線論争に追い込まれ、政権政党への道を断たれてしまう。石田氏は、1951年以降、総評のバックアップの下で社会党(左右)の獲得得票率や議席が選挙のたびごとに増加した背景には、高度成長と並行して総評を中心にした労働組合の組織化が進んだことを労働大臣経験者として注目していたわけで、その流れを断ち切るのに力を注いだに違いない。岸総理の時代に実現した背景には、政権交代に肉薄する社会党・総評ブロックの対抗力が存在していたからとみていいのではないだろうか。逆に言えば、政権の座を危うくするぐらいの力が無ければ、大きな制度改革は実現できないことを示唆していると言えよう。やや古い時代の思い出話に近いものになってしまったが、これからの時代にも必要な視点だと思う。

かつての「春闘」とは無縁な存在、最近の「連合」の交渉力低下

さて、所得倍増と言えば、これまた総評全盛時代の1955年から始まった「春闘」を上げねばなるまい。今の世代の活動家は「春季賃金闘争」というのかもしれないが、我々高齢者にとっては太田薫、岩井章による「春闘」なのである。

安倍政権の時代にも、政府が賃上げを経済界に要望してきたが、せいぜい2~3%の賃上げでしかなく、しかもそのうち2%は定期昇給で、年功賃金の後追いでしかなく純粋の賃上げにカウントはできない。それを含めて3%にも到達しない賃上げとは殆んどゼロに近いものでしかないわけで、日本の労働者の賃金が世界の先進国に比較してほとんど上がらなかった事をこの数値は物語っていると言えよう。労働組合の賃金交渉力の低下こそが当面の最大の構造的な問題なのだ。

4%インフレなのに、定昇込み5%賃上げでは実質賃金確保できず

今年は、岸田総理自身もインフレ以上の賃上げを労使に求めているし、珍しいことに経団連もいろいろと経営団体なりの理屈をつけているとはいえ、賃上げを否定していない。にもかかわらず、今年の春闘でのインフレ率4%を超すような賃上げが到底実現できそうにもない。何故なら、労働組合の全国組織である「連合」が、定昇込みで5%の賃上げしか要求していないわけで、定昇分2%を除くと3%の賃上げでしかない。つまり名目では4%の物価上昇分以下となるわけで、岸田総理の要請するインフレ以上の賃上げには程遠いのだ。

今月20日に発表された昨年12月のインフレ率4%が公表されれば、連合は直ちにそれ以上の賃上げになるよう再度要求を高めて行く必要があったのではないか。残念ながら労働界からは何の声も上がってこないわけで、今年の春闘もインフレ率を下回る水準で終わりそうである。何と、日本を代表するトヨタ自動車の労使は、今年もまた賃上げ要求の内容を公表していないわけで、一体どうなっているのか驚くばかりである。

賃上げができなければ「内需」の落ち込み=不況の深化の「悪循環」

だが、労働者の賃金があがらないということは、内需の大部分を占める消費が大きく落ち込み、「合成の誤謬」によるデフレ基調が日本経済を直撃する。そうなれば、企業側は経営悪化を理由に更なるリストラを進め賃上げなどは到底できず、逆に賃金引き下げ圧力が強まるという悪循環に陥ってしまうわけだ。どうすれば、働く者の賃金を引き上げられるようになるのか、ここは正念場であり、労働組合としても真剣に努力をする必要がある。と同時に、政府としても、単に賃上げを呼びかけるだけでなく、自らができる最低賃金の底上げや政府関係の雇用労働者の大幅な賃上げを率先して進めていくべきことも検討すべきだろう。更にそれだけにとどまらず、働く者の賃上げを抑制している法や制度上の問題点を洗い出し、どうしたら賃上げや労働条件の向上に向けた力を発揮できるのか、考えていく必要がある。それが日本経済を救済できる道なのだから。

バイデン政権、労働組合の賃上げに有利になる法・制度改革推進へ

というのもアメリカのバイデン政権は、「全国労働関係委員会」の強化を打ち出し、法令違反を犯した企業への罰則を強化する方針を明らかにしてきた。さらに、直近ではFTC(連邦取引委員会)という日本でいえば公正取引委員会が、労働者が同じ業種の別の企業への移動を禁止している事の是正に乗り出し、労働者が対企業との労働条件決定での有利な立場が取れるような制度改正を提起しているとのことだ。日本において、中曽根内閣や小泉内閣の下で進められてきた新自由主義路線によって、労働組合の力を弱体化させられた様々な問題のある法や規制を総合的に取り上げ、どうそれを是正していくべきなのか、改めて考えていく時なのかもしれない。そこまではさすがに自民党にはできないなら、野党側が堂々と要求し推進していくべき課題ではないだろうか。


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