2023年2月13日
独言居士の戯言(第280号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
いよいよ春闘本番へ、芳野連合会長と大橋経団連副会長のインタビュー記事、もう少し闘い取る迫力を出してもらいたい
朝日新聞の特集『ニッポンの給料』(2月10日)欄では、「春闘」の本番まじかだからか、連合と経団連の責任者とのインタビュー形式でのやり取りが掲載されていた。連合からは芳野友子会長、経団連は大橋徹二副会長が、共に顔写真入りで登場していた。連合の芳野会長の発言からは、物価高を背景にまなじりを決して5%の賃上げを何が何でも勝ち取るという気迫のこもった意見表明とは程遠く、「賃上げに向けた機運の醸成」、すなわち「雰囲気づくり」を目指すと述べているに過ぎない。一方の経団連の方は、これまでの賃金抑制を続けていたことの反省(後ろめたさ)もあるのだろうか、「企業の行動変容のきっかけに」したいと「賃上げに前向きの姿勢」が表れていたように思う。
企業別労使関係の下、闘争力を失いつつある労組に期待できるのか
インタビューアー青田秀樹記者が「労使の緊張関係について」問うたことに対して大橋経団連副会長の答えは、
「組合はスト権など様々な権利を持っている。ただ現在は、各社で経営側と組合側が自社の課題を整理しながら、働き方、賃金レベル、競争力などを協議している。緊張感を持ちつつの『共創』だと思っている」
との答えが印象的であった。というのも、日本の大企業の圧倒的多数は企業別の労働組合だが、世界では企業を超えてジョブ型雇用の下で、産業別に組織され産業別横断的で職種別に賃金決定がなされるのだが、他方で企業内にも組合とは別に従業員組織がつくられ、企業内で解決すべき問題処理にあたっている。日本では、賃金もそれ以外の企業内の諸問題についても同じ企業別労働組合として処理しているわけで、大橋副会長は今ではストライキなどは問題外で、経営側と労働組合側が「共創」しているのですよ、と「協調路線」の本音を語っているわけだ。
大企業正規労働者の実質賃金確保はできても、非正規や未組織はどうなる
物価に対応する賃上げには、こうした大企業では何とか対処していけるのだろうが、多くの未組織労働者がいる中小零細企業や、大企業でも組織の中に入れてもらえない非正規労働者にはどんな賃金になっていくのか、まったくわからないのが現実なのだ。だから、今年の賃上げについて、連合は5%の賃上げを要求してはいるものの、恐らく日本の労働者全体から見たら平均して3%に到達できるかどうか、というレベルで終わってしまうのではないかと思えてならない。もちろん、この中には2%近い定期昇給分が入るわけで、実質的なベースアップは1%足らずなのだろう。物価上昇率が4%台に迫っているだけに、これでは実質賃金はマイナスでしかなく、ますます消費を切り詰め、貯蓄の比率を高めることとなり、日本経済は内需が落ち込み、再び「デフレ」的な不況に陥ることになるのではないだろうか。
コロナ禍の終焉と労働力不足の時代、組合の有利な時代への準備を
こういう時にこそ、最低賃金も含めて大幅な賃上げを勝ち取り、コストアップ分を価格に転嫁しながら生産性を高めて行くモメントにするのが経営側の在り方ではないだろうか。と同時に、最低賃金の底上げに思い切って力を入れることが重要であることも間違いない。かつて、臨時工という不安定労働者層が大きな問題となっていた時代がある。結果として高度成長の下でいつの間にか本工として採用されていったわけだが、これからのコロナ禍の終焉の下、こうした不安定労働者にとって、再び稀少な労働力として正規雇用として採用が広がることも十分ありうる時代になる可能性もあることを展望しておくべきなのかもしれない。労働組合として、そうした有利な状態の下で人生100年時代にふさわしい雇用制度の在り方をどう模索していくべきか、中・長期的な展望を持つべき時ではないだろうか。
労働者の賃上げを重視する企業でなければ生き残れない時代へ
ちょっと話がそれてしまったが、春闘の戦いはこれからが本番なので、そこに水を差すような発言は現に慎まなければならないのだが、芳野会長の発言を読んでいて、あまり元気の出そうにない雰囲気を感じてしまった次第である。これからコロナ禍が終息し始めれば、人材を大切にしない企業経営は成り立たなくなることが予想されるわけで、そういう観点からも労働者の賃上げを積極的に進める企業こそがこれからの時代に生き延びることができるのだ、と前面に主張していくべき時だと思う。
非正規の公務関係労働組合が、労働協約を同じ地域に適用申請へ
このインタビュー記事とは別に、記事の扱いとしてはやや控えめな、もう一つの賃上げの闘いを報じた朝日新聞の記事に注目したい。福岡市の水道検針業務最低時給を市全域で適用するよう、労働組合が福岡県知事に申し立てたことを報じている。詳しい法令関係の話はさておいて、労働組合法には「労働協約の拡張適用」が一般的拘束力と地域的拘束力の2つの道でできることになっている。今回の福岡市から水道検針業務を委託された複数の企業の非正規労働者らでつくる労働組合が、9日、そのうちの2社と自分たちが結んだ労働協約を市全域に地域拡張適用するよう福岡県知事に申し立てたとのことだ。認められれば、協約で定めた最低時給が、福岡市全域で同じ仕事をしている労働者に適用されることになるのだ。
自治労福岡市水道サービス従業員ユニオン、非正規労働者で初めて、公共サービス部門職場でも初めて申請、注目!!!
申し立てたのは自治労福岡市水道サービス従業員ユニオンとのことで、労働時間に応じて時給の下限1.082~1.605円の5段階に定めたとのことだ。ユニオンの大町浩文委員長は「労働条件の切り下げを防ぎ、公正競争を確保することが目的だ」と語っておられる。代理人の古河景一弁護士は、地域的拡張適用の申し入れは1947年以降30件目だが、非正規労働者は初めてで、しかも公共サービスに関する申し立ても同じく初めてとのことだ。
こうした地域で芽生え始めた労働組合の戦いを全国化したいものだ
全国レベルの戦いが注目される春闘ではあるが、最も重視すべきなのがこうした非正規労働者など不安定労働者の賃上げの戦いではないだろうか。自治労の関係では、最近は非正規労働者の数が大きく増えており、そこで働く人たちの賃金はもとより様々な労働条件や権利が酷い水準に押さえつけられているわけで、是非とも福岡の水道検針業務労働者の戦いに学んで、下からの横断的な取り組みを強化していくべき時ではないだろうか。自治労と言えば、私も今でも退職者の一人として関与しているわけで、何とか全国的な統一闘争へと広げていくよう問題提起をしていくつもりである。また、この種の問題の先頭を走っているUIゼンセンの戦いにも学ぶ必要がありそうだ。全国一律の最低賃金の必要性とともに、産業別、企業別の最低賃金の引き上げも、格差社会の中で取り組みを強化すべき時だと思えてならない。