2023年4月3日
独言居士の戯言(第287号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
岸田内閣「少子化対策のたたき台」を提起、「異次元」と言えるか!?
3月31日、岸田総理はこども家庭庁発足を翌日に控え、今年の年頭記者会見で打ち出した『異次元の少子化政策』なるものの「たたき台」を公表した。手続き的には閣議決定によらない小倉将信こども政策担当大臣の「試案」にせざるを得なかったようで、その背景には、自民党など与党側が4月の統一自治体選挙や衆参補欠選挙に向けた様々な要求が出てきたことにより、議論の整理がつかなかったことがあるようだ。
財源問題など、これから設置の「こども未来戦略会議」へ難問先送り
この「たたき台」を受けて岸田総理直属の「こども未来戦略会議」を設置し、必要な財源などの議論を進め、6月に取りまとめられ来年度の予算編成の柱となる経済財政運営の指針、いわゆる「骨太の方針」に盛り込むという流れになる。財源の中身等を議論していく「こども未来戦略会議」は「全世代社会保障構築本部」の下に設置され、関係閣僚や有識者、子育ての当事者らが参加することになっているが、未だ具体的な人選は公表されていないようだ。
「たたき台」の3本柱、「経済支援」「子育てサービス」「働き方改革」
たたき台のポイントとして、「経済支援の強化」「子育てサービスの充実」「働き方改革」の3本柱だが、そのうち経済支援の強化として次のような点が挙げられている。
①児童手当は所得制限を撤廃し、支給期間を高卒まで延長
②出産費用の公的保険費用の検討
③給食費の無償化は課題を整理
④給付型奨学金の対象を多子世帯や理工農系で拡大
⑤親の就労に関わらず、時間単位で保育所などを利用できる制度の検討
⑥産後の一定期間内に28日間を限度に男女とも育児休業給付を手取りの10割へ
これ以外にも、前号で触れた男性の育児休暇取得促進や一時保育、ひとり親を雇用した企業への支援強化など、いろいろ出ているようだが、肝腎の財源がまだ明確になっていない。さらに、結婚できない世代に対する視点が欠如しているとの問題指摘もある。
「財源問題」保険料に視点が当てられているようだが、『権丈案』の「子育て支援連帯基金構想」がベースになるのか?
毎日新聞の4月1日朝刊1面では、「財源に保険料上げ検討」と大きく表題を付けており、具体的には「財源確保を巡り、政府は社会保険料を引き上げる検討に入った。年金・医療・介護・雇用の4保険のうち、公的医療保険の月額保険料に上乗せする案が有力」とのことだ。さらに、介護保険料を引き上げ対象とする案もあるとしており、「まず数千億~1兆円程度を確保」し、歳出改革なども合わせて段階的に予算規模を拡大していく構想が出ていると報じているが、その真偽のほどは今のところ明確ではない。なにせ、児童手当の支給だけでも所得制限の撤廃や高校生までの支給拡大、更には多子世帯への加算など、兆円単位の財源増が求められているモノもある。
果たして、この間いろいろと報道されてきた『権丈案』、すなわち各社会保険財政からの拠出金で「子育て支援連帯基金構想」がベースとして採用されるのかどうか、一つの注目点である。
岸田内閣支持率の回復を受け、サミット後の解散戦略浮上、総選挙の目玉として「少子化政策」もあるのか?
いずれにせよ新たに設置された「こども未来戦略会議」での議論を通じて、4月から5月にかけて財源問題が議論されていくことは間違いないだろう。4月23日には統一自治体選挙後半の市町村長・議会議員と、同時に5か所の衆参補欠選挙が実施されるわけで、その前までに決着することは考えられない。となれば、5月連休を除いた4月末と5月のサミット前後までが大きな山場になるのだろう。
大企業を中心に約30年ぶりの3%台の賃上げが進展し、険悪だった日韓関係の改善などもあるのだろうか、最近の岸田内閣の支持率が向上し始めている。今後も、5月19日からのG7「広島サミット」の開催などビッグイベントが続くわけで、それに子ども子育て関係の新しい施策の充実を掲げることができれば、「解散・総選挙」が視野に入ってくるとみる与野党関係者の発言が報道され始めている。岸田総理は表向きは否定しているが、何となく解散風の雰囲気が出始めているとのことだ。事態がどう転んでいくのか、統一自治体選挙と衆参5補欠選挙の結果がどうなるのか、重要な選挙戦になることは間違いないだろう。
子育て支援政策への社会保険財源からの拠出の理論武装の強化を
ただ、考えなければならないのは、財源問題で社会保険財源からの拠出を求めることへの政治家の批判や不満が出始めていることだろう。この点について、まだ具体的な動きが与党内で出ているわけではないが、税についての政治家の拒絶感は与野党ともに根強くあるだけに、より拠出と給付が連動している社会保険料であれば理解されやすいのは確かである。だが、少子化対策への支出へ社会保険財源を拠出することへの批判が出始めていて、必要性に向けた理論武装がこれから重要になってきていることは確かである。特に一定規模以上の労働者の場合、社会保険料には企業負担が組み込まれているだけに、経済界の理解も必要になってくることは間違いない。岸田総理の決断が強く求められる点だ。
高齢者の社会保障支援に続く、「こどもを社会で保障する」制度の必要性、しっかりとした福祉国家を目指すべき時だ
今回のたたき台で構想されている諸施策にはどの程度の財源が必要になるのか、『異次元の少子化対策』というからには世界で最も支出したと言われるハンガリーのようにGDPの5~6%、日本円に換算すれば30兆円近い少子化対策を打つべきだという主張をする山田昌弘中央大学教授のような意見(「北海道新聞」4月1日付インタビュー記事「未婚化対策の視点欠如」)も出ているように、社会全体で不十分ながらも高齢社会の社会保障制度を築いてきた日本が、子ども子育て関係でも社会全体で育てていくことの必要性を考えるべき時に来ていると思う。社会保障・税一体改革の流れを注目し続けてきた者にとって、今後の「こども未来戦略会議」の議論の行方に注目したい。
福祉を支える財源だけでなく、「人材」は慢性的労働力不足状態だ
もう一つ、忘れてはならないのが、少子化対策実現に向けて不可欠な労働力の確保ができるのかどうか、という点だろう。特に柱となる保育士の拡充が必要となるわけだが、子供の人数に対して必要となる最低限の保育士の人数を示す「配置基準」は、1948年の制度開始以来一度も改訂されていないとのことだ。全国の保育士の有効求人倍率は今年1月時点で3.12倍と、全職種平均の1.44倍を大きく上回っている。財源問題以上に深刻な問題が労働力確保問題にあることにも十分に着目しておく必要がありそうである。もちろん、保育士や介護士など社会保障関係の労働者の賃金水準が低く抑えられているわけで、こうした社会保障関係サービスに従事する労働者の賃金水準が低いことが、言うところの「労働生産性の低さ」に直結していることを考えておくべきだろう。
いつまで赤字財政で国家財政を賄えていけるのか、今後検討したい
それにしても、国民から税による負担を求めることに対して、インフレが起きない限り税負担を国民から求めることはやるべきではないというMMT理論などが国会での議論でもかわされる状況が出始めている。成立した今年度の予算を見ても、110兆円を超す一般会計に占める国債の比率が30%を超えており、何時までこんな赤字財政を続けていけるのか、多くの疑問が指摘され続けている。主権国家で通貨主権を持っている先進国では、財政赤字が増加してもインフレが高まらない限り維持可能だ、等というMMT理論の胡散臭さは多くの専門家の方達から指摘はされるのだが、政治家の中には増税による国民負担を避けたいためにMMT理論に安易に依拠し始めているようだ。今後、この点についての検討を自分なりに進めていくことにしたい。