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2023年5月29日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第295号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

アメリカが直面する連邦政府「債務上限問題」の背景とその行方

国際社会における中国の台頭には著しいものがあるが、少し老いたりとはいえ、今でもアメリカの経済がどう展開していくのか、基軸通貨国であるがゆえに日本を含む世界経済に大きな影響力を持っていることは間違いない。特にこのところ、インフレ抑制のため急速に進んだ金利引き上げによって地方銀行の破綻が進展し、依然として金融不安の動きが収まってはいないようだ。

その上に、デフォルトが起きると言われている連邦政府の「債務上限問題」のデッドラインが間近に控えていて政治対立を引き起こしてきたが、27日ようやくバイデン大統領とマッカーシー下院議長との間で合意が成立したようだ。もっとも、これから議会での承認の手続きが残っているわけで、共和党内での強硬派がどう出てくるのか、依然として予断を許さない現実は残っているようだ。

これというのも、予算を決める権限を持つ昨年の下院議員選挙で、野党共和党に多数(と言っても僅差)を握られたことが大きく影響しているわけだ。もちろん、それだけではなく、根本的にはバイデン政権が大きな政策転換を進めることへの共和党陣営からの激しい批判・抵抗が出始めているとみるべきだ。今回は、この問題の背後にある経済政策論争に触れてみたい。ただし、論点は多岐にわたっており、今回はその一部だけを取り上げることにする。

中野剛志著『変異する資本主義』を読み、アメリカの政策大転換というパラダイムシフトを考える

私自身、債務上限問題については、何時も出てくる「単なるアメリカ議会での党派争いの駆け引き材料」ではないか、と見ていたのだが、最近読んだ『変異する資本主義』(ダイヤモンド社2021年刊)という中野剛志氏の書いた著書を読んで、バイデン政権が1980年代のレーガン大統領から始まってきた「新自由主義の経済政策からの転換というパラダイムシフト」を目指しているとの指摘を受け、改めてその重大性を認識させられた。サッチャーやレーガンの登場による新自由主義路線によって市場重視の「小さな政府」への切り替えが何をもたらしてきたのか、経済の金融化の進展や格差の拡大と同時に規制緩和やグローバリゼーションの進展により雇用不安をもたらし、労働者階級の力を削いだことも指摘されている。

レーガン以降の共和党所属の大統領だけでなく、クリントンやオバマといった民主党に連なる大統領ですらこうした流れにしっかりと対抗することができずにいた。結果として、クリントン対トランプ、バイデン対トランプの過去2回に及ぶ大統領選挙において、国を2分した戦いの傷跡は依然としてアメリカ社会に深く残り続けている。民主主義を支える中間層がやせ細り、格差社会が進んでいるからにほかならない。バイデン政権下、昨年の中間選挙では、民主党が善戦し上院では辛うじて多数を占めたものの、下院でわずかの差ではあれ共和党が多数を占める状態へと追いやられてきた。ただし、この僅差が下院多数派の共和党の結束如何ではモノをいう場面も出てくるとも言われており、今回の債務上限問題でも予断を許さないようだ。

バイデン政権が新自由主義からケインズ政策への回帰を目指す?!

バイデン大統領は、80歳近い高齢もあり、それほど政策面で注目されてこなかったのだが、先に述べた中野剛志氏の著書を読む限り、経済政策における大転換が進められつつあり、財政支出の拡大により貧困や格差問題などアメリカ社会を再び大きな政府によって改革していこうとするものだと明言されている。小さな一例だが、民主党クリントン大統領の財務長官には、ルービン氏という金融界(ウオール街)出身者が就任してきたし、クリントン女史が大統領選に立候補した際、ウオール街は民主党の支持基盤になっているとさえ言われていたことが思い出される。

ところが、バイデン政権ではリベラルな労働経済学者として知られるジャネット・イエレン氏が就任していることを見てもその違いが分かろうというものである。イエレン氏はFRB議長時代の2016年に「危機後のマクロ経済政策」という講演で、これまでの主流派のマクロ経済学を転換させなければならないと指摘、5年後バイデン政権の財務長官となってそれを実現させたわけだ。

かくしてケインズ経済学者スキデルスキー氏が「経済政策の静かなる革命」と呼んだような政策転換が進みつつある具体的な政策として、バイデン大統領就任後の初の経済政策として1.9兆ドルにも及ぶ「米国救済計画」と名打った大型財政支出を提起し、立て続けに「米国雇用計画」や「米国家族計画」など弱者の救済と企業や富裕層増税など、コロナ禍での経済の落ち込みから脱却すべく財政赤字を大きく拡大してでもアメリカ国民の生活を改善していくための財政支出を強硬に進めてきたのだ。

1980年代から続いた新自由主義路線から、再び財政支出を重視したケインズ的な経済政策へと舵を切り替え始めたものとして注目されたとのことだ。バイデン氏がこのような政策を打ち出した背景として、サンダースやウォーレン上院議員、コルテス下院議員など民主党内左派勢力の影響力の拡大があったことを見失ってはなるまい。

債務上限問題は民主党と共和党の鋭い政策対立の象徴ではないか

バイデン政権が誕生した時、果たしてここまで大きな大転換を進める政権になったという評価は、日本の経済論壇ではあまり見受けしなかっただけに、中野剛志氏の指摘には思わず考え込んでしまったのが率直な感想であった。それだけに、債務上限引き上げ問題はバイデン政権の公共支出拡大政策への転換を進めようとする民主党に対する、小さな政府による新自由主義的な政策に帰ろうとする共和党との全面対決の様相を示しているとみてよいのだろう。

今このレターを書いている時、最新の情報でも共和党が最後まで固執していたのが「低所得層に対する支援の削減」にあると28日付の日経新聞は報じている。日本の政党対立のように、どちらの政党が政府の役割を重視して公共分野による財政支出を拡大させるのか、それとも小さな政府による市場重視の新自由主義的な路線を取ろうとしているのか、実に曖昧なものとなっているわけで、アメリカ政党政治の現実のほうが2大政党制の判りやすさを示していると言えないだろうか。

もう一つの政策トレンドの変化、「金融重視」から「財政重視」へ

アメリカの経済政策を巡っては、もう一つ大きな新しいトレンドが存在しているようだ。それは、レーガン政権以降の新自由主義に基づくマクロ経済政策は財政政策よりも金融政策を重視していたものの、バブルが崩壊したリーマンショック以降経済成長が停滞し始め、利子率がゼロ近傍にまで低下し、金利引き下げによる経済政策が十分に機能しなくなってしまったことがある。つまり、経済停滞から脱却していくためには、財政政策に重点を置き「高圧経済」と呼ばれるような状態にしていき「履歴効果」と呼ばれる経済の落ち込みに引きずられることを阻止していく必要があるのではないか、という経済政策を巡る政策転換の必要性が、イエレン財務長官だけでなく主流派経済学者たちの間で強調し始められている。財政赤字を気にすることなく、国民の生活を向上させていくための財政支出を低金利であることを生かして進めていくべきではないか、というサマーズ教授など「停滞経済からの脱却」に向けた財政重視への転換が進みつつあるのだ。

財政健全化目標ではなく、インフレや失業率などに着目した政策

もちろん、財政赤字が累積すれば、その弊害はやがてはインフレとなって経済を破壊する危険性があるわけで、その点を十分に警戒しながら財政支出の拡大を進めることが今必要なのだという論調である。1930年代の不況からの脱却に向けて「機能的財政論」がアパ・ラーナーによって提起されてきたが、21世紀に入って再び唱えられ始めたことに注目している。つまり、経済政策の目標として、インフレ率や失業率、金利水準といった指標に基づいて財政政策を展開して行けば良いというものである。財政赤字の問題につて、プライマリーバランスの黒字化だとか財政健全化を目標にする考え方を取らないというものなのだ。

経済政策への異論(!)が満載されている中野剛志氏の前掲書

ここまでくると、それは最近日本でも流行ったMMTやシムズ氏の唱えた「物価水準の財政理論」とどう違うのか、等大変な論議が待ち受けているわけで、なかなか簡単には是とするわけにはいかない。引き続き検討し続けていくこととしたい。さらに、財政赤字の累積は問題ではなく、成長力(g)が借り入れた国債金利(r)を上回れば累積赤字のコントロールは可能であり、財政赤字の健全化はg>rかどうかを基準として見て行けば良い、といった整理をされている。

さらには、経済学説史の中で主流派経済学では当然視されてきた「セーの法則」や銀行の「信用創造」、政府の財政赤字と増税の関係など、実に大きな問題点についての議論が展開されており、それはまた項を改めて議論を展開してみたい。なかなかの論点満載の問題提起の書ではある。


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