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2023年7月10日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第300号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

サマーズ教授が「セイの法則」を否定したことの重大性に注目

ある研究会で財政問題についてのレポートをして欲しいとの要請を受け、ここ2-3か月関連する図書・資料を読む機会が多くなった。MMT(現代貨幣理論)とかFTPL(物価水準の財政理論)といった一昔前に、世の中でかなり話題を読んだ論文などにも目を通したのだが、一番印象深く気になっているのが「セイの法則」を否定したサマーズ教授の問題指摘だったと思う。

セイ「供給はそれ自らの需要を作りだす」は供給サイド重視経済学の源流ではないか

「セイの法則」とは、19世紀の経済学者ジャン=パティスト・セイが唱え始めたもので、「供給はそれ自らの需要を作りだす」という「販路法則」として、その後の経済学の流れの中ではアダムスミスを継承したリカードとともに供給サイドを重視する経済学の流れを作り上げたことで有名である。このセイの「販路法則」やリカードに対抗したのが人口論で名高いマルサスであり、一言でいえば経済の大きさを規定するのは「需要」サイドであるというものだ。残念なことに、その後の経済学説史の流れの中で、セイやリカードが経済学のメインストリームの源流を形成し、100年後にケインズが再発見するまではマルサスの説は学会から忘れ去られてしまったことなど、この辺りの経過については権丈善一教授の書かれた名著『ちょっと気になる政策思想』(勁草書房2016年刊)に依拠させていただいた。権丈先生は、セイやリカードの供給サイドを重視する経済学を「右側の経済学」とされ、マルサスやケインズの需要サイド重視の経済学を「左側の経済学」と呼んでおられる。

サマーズ教授は「逆セイの法則」として需要サイドの重要性を指摘

つまり、「セイの法則」はその後の経済学の理論を語るうえで決定的に重要な位置にある理論であるのに、サマーズ教授はリーマンショック以降の世界的な経済停滞問題の議論の中で「セイの法則」を否定されたわけで、それ自体が経済学の流れの中では歴史的な大問題なのではないかと思えてならない。サマーズ教授の「セイの法則」の否定を明言されたのは2014年4月2日「財政政策と完全雇用」と題してCenter on Budget and Policy Prioritiesでの講演記録に出ている。日本語版で収録されているのが『景気の回復が感じられないのは何故か 長期停滞論爭』(山形浩生編訳 世界思想社2019年刊)であり、そこでは次のように述べておられる。

「本日の狙いは、7年前なら経済学の講義で定説扱いされなかったのに、今なら定説に入れるべき3つのアイディアに光を当てることです」とのべ、その一つ目として「逆セイの法則」と呼ぶもので「需要不足は時間が経つと供給不足を作り出す」ことを指摘、過剰に資本投下されたものが需要不足のため毎年その価値が失われていることを指摘、雇用の問題でも需要側の制約があるとする方が、労働者の資質を問題視する供給側の見方よりも現実を説明できると述べ、アメリカが金融的に持続可能な条件と合わせて適切な「需要を作り出す能力」について、懸念を抱いているのだ。さらに、経済政策として拡張的な財政政策として需要拡大につながるすべての施策こそが財政健全化をもたらすのだ、とまで明言されている。

それでも、ケインズ理論が全面的に復活することへの言及はない

サマーズ氏は、「セイの法則」の間違いを指摘したケインズに言及してはいるが、大々的にケインズを復権させるべきだとまでは述べていないようだ。アメリカにおけるケインズに対する評価が厳しいものがあるのかもしれないが、ここは経済学の歴史にとって大きな転換期に来ているだけに、もう一歩踏み込んで今後の展開についての展望にも言及して欲しいところである。

もっとも、2020年頃から始まったコロナ禍の猛威によって財政支出の拡大が進められ、結果的にアメリカやEUがインフレに見舞われる事態となって今では「長期停滞論爭」事態は一頓挫しているわけだが、底流としては今後も論議され続けるに違いない。

ヒックスの「IS-LM」分析にも大きな問題があるのではないか、特に「貨幣数量説」を含めており大問題

もう一つ、いろいろな議論が展開される中で、ケインズが1936年に『一般理論』を出版した直後に、ヒックスの「IS-LM」分析を提案し、それがアメリカのケインズ主義者(正統派からはケインズ経済学の庶子と呼ばれてきた)を中心に広められ、今日のマクロ経済学の教科書の中でも広く取り入れられている。この「IS-LM」分析について、ケインズ自身も批判的だったし、ヒックスも亡くなる前にはその間違いを告白していたとの指摘がある。何が問題なのか、この点を整理された権丈教授は次の5点を上げておられる(『ちょっと気になる政策思想』93ページより)

①IS-LMモデルはケインズ経済学の核心である「不確実性」を無視している
②IS-LMモデルは「理論的時間」の上に構築された一般均衡モデルであり、「歴史的時間」を含むケインズ経済学とは異質なものである
③IS-LM曲線は与えられた期待の下で描かれたものであって、もし期待に変化が生じる場合には、両曲線を同時に変化させるために、モデルでは明確に予測できない
④IS-LMモデルのLM曲線は、『一般理論』でケインズが否定していた「貨幣数量説」を内在している
⑤IS-LMモデルはフローとストックの決定を独立に定義しながら、一つのグラフで処理しようとしている

一つ一つについて解説をする能力もないのだが、特に4番目の「貨幣数量説」が入っていることに対して、今日のリーマンショックをもたらした要因とも重なるわけで、貨幣数量説に立脚してきた金融政策の間違いについてどう考えていくべきなのか、依然としてマクロ経済学の問題であり続けている。(この辺りの問題指摘は伊東光晴著『現代に生きるケインズ』(岩波新書2006年刊)に詳しく述べておられ、参考にさせていただいた)

今後、経済政策を巡る理論的問題をしっかりと総括していくべきだ

いずれにせよ、「セーの法則」であれ「IS-LM」分析であれ、経済学を大きく2分するような大論争点についての、主流派内からの異論が出始めてきたわけで、これからの経済学の新しい理論がどう芽生えて収斂していくのか、興味深く注視していきたい。


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