2023年7月18日
独言居士の戯言(第301号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
マイナンバー・カードについての河野大臣の発言に想う
ここのところマイナンバーカードにまつわるあまり評判の良くない事実が連日マスコミで報じられており、国民のマイナンバーに対する忌避感も出てきたのだろうか、カードを返上する動きも増え始めているとのことだ。河野大臣が言うように、カードを返上したとしても国民一人ひとりに付けられたマイナンバー自体は生き続けているわけで、一人一人の行政情報(税、社会保障、災害の3分野)とマイナンバーは結び付けられていることには変わりはない。すべての国民にはマイナンバーという番号が付けられているわけだが、マイナンバーカードはそれが自分の番号であるという証明書の役割を果たしているわけで、カードを持たない選択は自分が自分であることの証明書を持たないということになるのだろう。とはいえ、マイナンバーカードで健康保険証を廃止する法案が通ったわけで、マイナンバーカードがない人にはどう対処していくのか、別途証明書を発行するとの報道があるが、医療保険制度にとっても大きな問題となってくることは間違いない。
マイナンバー制度導入の淵源は大平総理時代のグリーンカードだ
そんな抽象的な論議よりも、最近のデジタル庁担当の河野太郎大臣の発言を聞いていると、マイナンバーという番号名称を変えたいとか、そもそもマイナンバーを導入しようとしたのは民主党時代であり、民主党の責任が問われるべきだ、といった発言が飛び出し始めており、民主党鳩山内閣の下で最初に作った『平成22年度税制改正大綱』の中で税・社会保障の共通番号制度を導入することを明記してきた者の一人として、聞き流すことのできない発言であり、この際問題がどこにあるのか、明確にしておく必要を感じている。
報道によれば、河野大臣が6月25日新潟県の新発田市の講演において相次ぐ野党側のマイナンバー制度に関する批判に対して、「マイナンバー制度は民主党政権がつくった制度。『お前が始めたんだろう』と言い返したくもなる」と公衆の前で愚痴をこぼしたとのことだ。
赤字国債発行の責任自覚した大平総理、不公平税制是正と一般消費税導入を決断、自民大分裂の総選挙へ
おいおい河野大臣よ、ちょっと待ってほしい。そもそもマイナンバー制度の前に忘れてはいけないのが「グリーンカード制度」の導入であり、時は大平正芳総理の時代の1980年に法案が通過し、事実上の納税者番号が導入された事をお忘れではないだろうね。大平総理は、一般消費税の導入問題などで自民党内の大分裂を招き、解散総選挙に打って出たものの心臓発作で遊説中倒れ、帰らぬ人となられたわけで、その後を継いだ鈴木善幸総理の1982年にグリーンカード法の執行停止、1985年中曽根内閣の時代に廃案となったといういきさつがある。
財政に責任を持たれた大平総理、宏池会の先輩に学ぶべきでは
大平総理が手掛けようとしたのは、当時の少額貯蓄非課税制度(マル優)の実態を正確に掴むため、所得の正確な実態を把握することを目指そうとしたものだったわけで、当時郵便局の定額貯金などが不正な利用がされているのではないかと噂さされており、郵政族のドンと呼ばれた金丸信自民党代議士らの暗躍によって廃案になってしまったわけだ。背後には、自分たちの所得や資産が正確に掴まれたくない人たちが蠢いていたことは間違いないわけで、納税者番号制度を最初に提起され法案化にまでこぎ着けたのが自由民主党の大平正芳総理大臣であったことを忘れることはできない。池田勇人氏が作った宏池会の伝統の中で、財政の健全化に向けて一般消費税(今の消費税)導入とともに、不公平な税制にメスを入れるべく納税者番号制度を導入しようとされた事に、政治家として尊敬の念が禁じえない。その伝統を継承している宏池会の流れを汲む麻生派の河野太郎氏であれば、父親の河野洋平元総裁からそのあたりについて聞いているのではないかと思うのだが、何故か今回の出来事では民主党政権時代に作ろうとしたマイナンバーだけしか触れていない。
民主党政権では税の公平性重視、不公平税制の改革と社会保障充実に向け番号制の導入を提起
われわれ民主党が政権を目指して野党の立場で税制調査会(会長には藤井裕久元財務大臣)を設置し、税制の在り方についての研鑽を積んできたことは言うまでもない。税の三原則として、「公平、透明、納得」を掲げ、とりわけ税の公平性こそが最も重要な原則だと認識し、政権交代後は政府税制調査会を改組してその実現に向けて取り組んできたわけだ。その時に所得税の累進性(最高税率55%、内地方税10%)が適用されない金融所得が分離課税で一律10%(うち国税7%、地方税3%だったが、2016年から20%へ)とあまりにも高額所得者が優遇されていたことを取り上げ、総合課税化を進めるためには納税者番号制度を導入して金利や株の配当・売買益など金融所得を含めることの必要性を指摘したのである。
マイナンバーは公募によって名称を決定へ、仙谷官房長官の提案
大平総理が目指そうとされた税制の公平性を実現に向けたグリーンカード制度導入の挫折を受け、民主党政権の時代に改めてその目標を実現しようとしたものである。私自身、財務副大臣から内閣官房参与として政権内部に残り、社会保障・税一体改革の担当として、社会保障・税番号の導入を目指して全国を飛び回ったのだ。当時、内閣官房長官だった旧知の仙谷由人氏から、番号の名称は「社会保障番号」とか「納税者番号」といった固いものでなく、国民から名称を募集して決めようではないかという提案があり、異議無く同意し、結果として「マイナンバー」となったのが真相である。以来、このマイナンバー問題は民主党政権時代には実現せず、政権交代後の安倍総理時代の2013年に「マイナンバー法」(正式な名称は「行政手続きにおける特定の個人を識別するための番号の利用などに関する法律」)として成立し、今日に至っているわけだ。
大平総理から始まり、民主党政権で甦らせ、自公政権で作り上げた歴史的なマイナンバー制度なのだ
つまるところ、大平総理時代に挫折した番号法を民主党政権時代に再び問題提起し、その後の自公連合政権時代にようやく成立させたという大変曰く因縁のある制度なのだ。それだけに、河野大臣には民主党政権時代に提起したとあるのはマイナンバーという名称はその通りだが、内容的には大平内閣時代の「グリーンカード制度」から始まっているのだ。民主党政権から自民・公明連立の安倍政権によって消費税の引き上げが実現したように、国民の中には番号制度の導入に快く思っていない人たちが多くいる中で、三党による難問題の解決が成し遂げられたと理解すべきだろう。この歴史的な成果を正しく継承して、今問題となっている多くの問題点をどう改正していけるのか、そのことに全力を傾けて欲しいと思う。
マイナンバーカード化に向けて、財務省の消費税軽減税率案が導入されていればどうなっただろうか
それにしても、今回のマイナンバーカードの事実上の強制にあたる健康保険証の廃止問題のやり方については、いろいろとこれからも論議が進められるのだろうが、消費税の10%への引き上げの際に、財務省が示した戻し税方式による軽減措置というやり方を取り入れ、実現させていればもっと円滑に実現できていたのではないかと指摘されていたのが、権丈善一慶応大学教授であった(『もっと気になる社会保障』「第17章 総花的な「公的支援給付」が生まれる歴史的背景」282頁)。そのなかでは、毎回商店で買い物をした際に、マイナンバーカードで購入記録をレジで実施し、後で一律4.000円(仮の数値)をカード所有者の口座に振り込んでいくというやり方であった。残念ながら、そのやり方は安倍総理によって退けられ、食料品の8%軽減税率の適用という公明党案が採用されてしまったのだ。もし、あの時財務省案が採用されていたら・・・・。と思うのだが、どうだっただろうか。それが導入されていても、今と同様カード化はハードルが高かったのかもしれない。国民の政治に対する不信感には根強いものがあるのが日本の特徴なのかもしれない。残念なことではある。