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2023年8月7日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第304号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

ダロン・アセモグル教授の民主的資本主義の在り方への問題提起

最新のアメリカ外交問題の専門誌『フォーリンアフェアーズ』8月号(日本語版)に目を通した。特集はもちろんロシアやウクライナという目下の戦火を交えている国々の外交に関する問題などが目につく。その中で、MIT教授で高名なダロン・アセモグル教授の書かれた「いかに経済的繁栄を共有するか」と題する論文に注目した。副題として「ベーシックインカム、社会保障の強化」とあり、私自身の目下のところ一番の関心事項でもある。

格差社会の下、権威主義的政治体制の台頭にどう対処していくべきなのか

アセモグル教授の問題意識には世界的に進む格差社会の進展がある。最近は低スキル労働者を中心に、成長の果実に追いつけず低賃金に追いやられ、格差のさらなる拡大が進むことにより民主主義の在り方にまで問題が拡大していることを取り上げている。国際NGO「フリーダムハウス」による過去17年間を振り返って、民主的な資本主義が権威主義的な政治体制に押され始めていることに触れ(具体的には、インドやブラジル・トルコ・ハンガリーといった国だけでなくアメリカのトランプ氏の台頭にも意識をされている)、民主的な資本主義をどう立て直して行けば良いのかという問題意識を持ちながら、二人のエコノミストの著書を取り上げ分析されている。

二人のエコノミストの問題提起へのアセモグル教授の批判と提言

一人は、フィナンシャルタイムス紙のコラムニスト、マーチン・ウルフ氏で、時々フィナンシャルタイムス紙と提携している日本経剤新聞のオピニオン欄でお目にかかることができ、読んでいる限りは正統派のケインズ経済学の流れを汲むエコノミストだと思ってきた。ウルフ氏は民主主義が危機に陥っているのは資本主義とリベラルなデモクラシーの関係が破綻しているからだと捉えている。著書名は『The Crisis of Democratic Capitalism(民主的資本主義の危機)』(邦訳は無い)のようである。

もう一人はエコノミストであるプラナブ・バルダン氏で、バルダン氏は「格差ではなく不安」という視点を問題視している。著書は『A World of Insecurity(不安に襲われた世界)』のようで、これも邦訳はない。

ベーシックインカムで対処すべき説は、間違った処方箋と論断

この二人は共に解決策を国に求めているが、バルダン氏はベーシック・インカム・システムを導入することで解決できると述べているが、ウルフ氏は「社会的セーフティネットを強化し、より良い雇用に投資することだ」と述べている。アセモグル氏は、バルダン氏の提起しているベーシックインカムについては否定的で、「間違った問題をターゲットにした間違った処方箋だ」と断定。それは必要とされる巨額の財源問題だけでなく、「社会に貢献しているという感覚」を人々に与えることができないと厳しい見方をされ、その批判される論点は納得的である。日本においても、ベーシックインカムの影響力は殆んど無くなったみていいのではないかと私はみている。

伝統的ケインズ政策から一歩突っ込んだ市場経済の根本的改革へ

一方、ウルフ氏に対しても解決策として正しい方向に向かっているが十分ではないと述べ、大切なことは「近代的な市場経済を根本的に改革する必要」があり、そうでなければ企業は労働者の生産性を向上させるのではなく、労働者に取って代わるようなオートメーションへの過剰投資を続けるだろうとみる。さらに、企業は民主主義にとって問題のある大規模なデータ収集とサーベイランスを強化していくと考えられ、グローバル化した情報革命に現代社会が直面している問題を鋭く指摘する。政府は、こうしたテクノロジーの変化を規制し正しい方向を導くことが求められていることを強調。その際、その規制の意思決定プロセスにおいて労働者に発言権を与えなければならないと述べ、それは労働組合にテクノロジーの変化を阻止することを認めるべきだということではなく、「労働者の代表が職場でテクノロジーがどのように使われるかを交渉できるようにする必要がある」と述べておられる。

「民主的資本主義」の危機から脱却、市民の信頼を勝ち取る事=公正な経済成長・政治腐敗を管理・大企業の過剰な権力抑制

ただ、そうした規制は最近におけるアメリカ政府に対する信頼の落ち込みや労働運動が根こそぎ破壊され、民主的市民権が弱体しているために困難さがあることを指摘。「民主的資本主義」が危機にある中で、先ず解決策として「民主主義への市民の信頼を回復することから始めなければならない」と述べ、それはアセモグル氏とエコノミストであるサイモン・ジョンソンが共に主張してきた「公正に経済成長を実現し、政治腐敗を管理し、大企業の過剰な権力を抑制する」ことが求められるとのこと。その方法の内容はここでは具体的に述べておられないのが残念なのであるが、アセモグル氏は「これによって、格差を減らすだけでなく、繁栄を共有する基礎を築くことができる。そうすれば、民主的制度が機能し、民主的資本主義の危機が、民主主義の終焉を意味しないことを立証することになる」と述べて、この論文を閉じておられる。

アセモグル氏とサイモン・ジョンソン氏の提起する主張を詳しく知りたいものだ

アセモグル氏とサイモン・ジョンソン氏の提起しておられる内容こそ、いち早く知りたいものだ。あまり大きな記事ではなかったが、アメリカのウォーレン上院議員と共和党の議員らが共同して巨大IT独占企業の肥大化にメスを入れる法案を提出したという全国紙記事を記憶しているのだが、独占が余りにも強くなりすぎたことへのアメリカの取り組みの背後には、こうしたアセモグル教授らの影響があるのだろうか。日本は余りにもなさ過ぎるのではないだろうか。

ちなみにサイモン・ジョンソン氏もMITの教授である。アセモグル氏は、ソースタイン・ヴェブレン以来の制度派経済学に属するとされていて、独占の弊害や労働運動などへの温かいまなざしがよく理解できる。これまでアセモグル教授の書かれた『国家は何故衰退するのか』(鬼沢忍訳2013年早川書房刊)と『自由の命運』(桜井祐子訳2020年早川書房刊)を読んで、その民主主義と経済の関係などに関心を持ってきた。アメリカの置かれた課題だけでなく、何よりも日本の直面する世界的な課題でもあるわけで、今後ともアセモグル氏には注目していきたいと思う。

マイナンバー問題はどのように市民社会の中で論議されてきたのだろうか、アセモグル論文を読んで感じたこと

この論文を読んで、いま日本で大きな問題となっているマイナンバー問題について考えるとき、この番号を通じてどのように資本主義を民主的に統制していけるのか、民主党政権時代に問題提起してきたつもりではあるが、国民的な広がりに欠けていたことは間違いない。個人情報保護委員会の設置がデジタル庁内に設置されているが、民主主義的な統制と言えるかどうか、実に怪しい限りだと思う。何よりも、労働者のテクノロジーに対する職場での交渉が日本で論点として問題視されたこともないのではないだろうか。現場を離れているから、それらの実態について知らないのかもしれないが、マスコミなどによって大きく取り上げられることは少ないようだ。

そんなことを感じている今日この頃ではある。


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