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労福協 活動レポート

2023年8月14日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第305号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

労働力不足の深刻化した日本、少子化対策が重大性を帯びる局面

先週11~12日の日本経済新聞の社説は、2日連続して労働力(不足)問題を取り上げており、経済界にとってそれだけ労働力不足の深刻さが露呈してきているのだろう。少子高齢社会へと突入して久しいが、少子化問題はいまや経済社会を揺るがす大問題となって我が国を直撃する。同紙が経済界の立場を代弁する使命を持っているせいだろうか、いかに労働力を使わないで済む経営を実現できるのか、賃上げは必然と受け止めるも、それについて行けない企業は淘汰されざるを得ないが、介護や看護職など人手不足がかなり以前から顕著な職種は、全体としての賃上げがさらに進めば、ますます人手不足が深刻化し危機的な状況になることなども訴えている。そこで求めているのが、雇用の流動化であり、政府も企業も労働市場改革を加速するよう強調している。

こうした主張を見ていると、当事者である労働者や労働組合が殆んど眼中になく、経済界が進める省力化や情報化といった供給サイドを強め、言うところの「生産性」を高めることで乗り切ろうとしているのだろう。労働力不足が、個々の企業にとって生産を高めるうえでいかに大問題であることへの言及はあっても、日本経済全体としての需要サイド、すなわち内需を形成する消費や技術革新にも、労働力不足が深刻な影響をもたらす視点が極めて弱くなっていることを痛感させられる。今や日本経済は需要サイドがリードする時代になっているのではないか。

岸田内閣「こども未来戦略方針」閣議決定、財源問題に社会保険制度の賦課・徴収ルート活用のアイディアを含有へ

とはいえ、少子化問題がこれからの日本経済のみならず、日本社会にとって最大の課題であることが誰の目にも明らかになっているわけで、2013年以降進められてきた政府の全世代型社会保障の在り方の検討の場から、紆余曲折はありながらも進められてきた少子化対策の課題も、10年後の岸田内閣の下で「こども未来戦略方針」が閣議決定(6月13日)されるに至っている。それが必要とされる財源の規模は約3.5兆円に達っするとされ、これだけの規模の財源をどう調達するのかは年末の予算編成時まで先送りされている。

権丈善一慶応大教授、東洋経済オンラインで自説の全面展開へ

だが、この「こども未来戦略方針」の中で子供、子育て支援対策のために社会保険制度の賦課・徴収ルートを活用した「支援金制度」が提起され、多くの専門家の間で注目を浴びている。そのアイディアを提起されたのが慶応大学の権丈善一教授であり、教授はこの社会保険制度を活用する考え方に対して出されてきた様々な反対や疑問などに対して、7月末から8月初旬にかけて『東洋経済オンライン』誌上で3回にわたって反論と同時に自らの主張を全面展開されている。詳しくは、もちろんそれ等の論文を読んでもらうのが一番なのだが、この通信で何回も取り上げてきた権丈教授の渾身を込めた内容について言及し、これから年末の予算編成以降も進むであろう論戦に対する自分なりの論点整理を進めておきたいと思う。

もしかすると、秋にも解散総選挙があれば、選挙戦での一つの重要な与野党間の争点になるかもしれないと思っていたが、昨今の内閣支持率の低下によりそうしたことはやや後景に退いた感がある。いずれにせよ、この帰趨は2000年開始の介護保険制度創設に匹敵する歴史的な課題であり、その実現は後世の歴史家から高い評価を得られることは間違いない。

少子化社会がなぜ起きてくるのだろうか、ミュルダールに学ぶ

それにしても、そもそも日本が直面している少子化はなぜ起きてくるのだろうか。権丈教授は社会保障が充実した先進国は、子供が将来の自分たちの生活を支えてくれる必要性の低下などにより、どこでも少子化に直面することを、1930年代のスウェーデンのミュルダール夫妻の著作から指摘し、子どもを持つことをどのようにして社会全体が取り組むのかが大きな問題となってくることを指摘。とりわけ、福祉を主として家族(主として女性)に依存してきた日本をはじめとする東アジアや南欧では、経済の発展に伴う女性の自立の進展により少子化の悩みが深刻化してくる。日本が先進国の中で真っ先に少子化問題に直面していることの要因がよく理解できると言えよう。

家族(女性)依存福祉から社会依存福祉へ、介護保険制度創設の意義

介護保険を導入して家族中心の介護から政府依存型の社会的な介護への移行をさせたように、家族(女性)中心による子育てから社会で支えていく方向へと切り替えるべきことを主張されている。今では、誰も介護保険制度を元の家族介護中心に戻すべきだと考える人はいないわけで、今や子育てもそのように転換させていくべきことを主張されている。そのためには、女性が子供を産み育てることの機会費用を上回る制度的な補償が社会全体に求められてくるわけだ。

賃金システムでは困難な「支出の膨張」や「収入の途絶」、消費を平準化させる社会保険による所得再分配が必要に

もう一つ、その際の間キーワードとして「消費の平準化」という概念を提起されている。難しいことは省略して、今の賃金システムでは我々が生きていくうえで必ず直面する「支出の膨張」と「収入の途絶」には対応が難しく、職場からリタイアした高齢期には公的年金保険制度や公的医療保険制度を整備し、若いころから負担して高齢期になって使うという形で支出の平準化となるよう準備し対応してきたわけだ。つまり、ライフサイクルにおいて困ったときや必要な時のために「消費を平準化させる社会保険による所得再分配」が必要になったのだ。つまり、社会保険は貧困に陥るのを未然に防ぐ「防貧制度」として機能し、高齢貧困層を大量に生まない社会の構築に寄与したというわけだ。この点、貧困に陥ってしまった人を「救貧」するための税による支出(生活保護)と区分けしておくことも指摘しておきたい。

社会保障制度による生活の安定こそ、子どもを持つ必要性の低下へ

かくして「市場による貢献原則に基づく所得の分配を、必要原則に基づいて修正する社会保障(=再分配制度)」が誕生、普及、定着したというわけだ。こうした制度が完備すれば、先述したように、子どもを持つ必要性が低下して少子化問題が起きるわけで、高齢化や現役時代の防貧制度ができると、今度はどう少子化対策を国全体として取り組むのかが課題になってくるのは必然なのだ。よく考えるべきは、社会保障制度の充実によって高齢社会の生活の安定が図られることが可能になった事が少子化を招いているという因果関係からは、社会保障の充実の財源である年金や医療・介護などの社会保険から少子化対策ヘの拠出をすることの合理性があることを認識すべきだろう。

なぜ税ではなく、社会保険制度か、社会保険を他の支出に流用は許されるのか、再分配機能は税の方が高まるのではないかetc.

こうした社会保険制度を活用することに対して、多くの専門家と称される方達からは、なぜ税で対応しないのか、社会保険制度は保険料拠出と支出が権利として結びついており、年金や医療介護などから子供子育て関係へ支出することはその原則に違反するのではないか、といった点や、税による所得再分配制度を活用するべきで、保険制度では税に比べその機能が弱くなってしまうのではないか、等々様々な批判が出されてきた。

既に今でも社会保険から別の制度への財源支出が実施されている

そこで、先ずは社会保険制度から他の支出に財源を拠出することが果たして問題なのだろうか。今の制度でも、例えば雇用保険制度では失業給付のほかに、育児休業給付や児童手当などを賄うための社会保険料や子ども子育てへの支出を行っており、必ずしも制度として厳密に拠出と支出が制度化されてはいないのだ。

さらに、今の年金や医療・介護保険などは現役世代による拠出が支出の基本的な財源となっているわけで、その現役世代縮小という事態に対して子ども子育てへの社会保険財源からの支出は、それらの制度を安定化させていくために必要だと判断すれば当然許されることなのではないだろうか。

消費税で財源拠出、国民の根強い拒絶感を克服できない日本の現実

次に問題視されているのは、累進性のない社会保険料ではなく税による再分配機能が求められる正道ではないか、という論点である。とりわけ社会保障の受益者である高齢者からも広く負担する消費税こそ社会保障財源としてふさわしいのではないか、という点である。たしかに、消費税による負担が求められることには理解はできるものの、そこはフィージビリティの問題が大きく立ちはだかる。消費税に対する日本国民の拒絶感は極めて高く、今の時点で消費税に財源を求める政治的条件は残念ながら全くないと言っていい。

それだけに、財源の中核を消費税の引き上げではなく、幅広く国民からの負担として賃金に比例する社会保険制度からの拠出金で賄う考え方が提起されている。とりわけ、労働者を雇い入れている企業側からの拠出があることにも注目し、労使で拠出することによる財源の確保にも着目されている。経営側が、この社会保険制度からの拠出案に強い抵抗を示しているのは、それだけ負担が増えることに警戒しているからにほかならない。

所得税の累進性は十分に機能していない現実、消費税以上に困難

さらに、税による所得再分配機能に関しては、そもそも今日の所得税においては累進性が弱まっている中で、数兆円単位の所得税負担を国民から求めようとすれば、所得税のかからない低所得層からも負担を求めざるを得なくなるわけで(最高税率45%を1%引き上げてもわずか100億円単位の増収でしかない)、消費増税以上に難問となることは言うまでもない。

再分配機能は負担から給付を惹いたネットでの受益で判断を

と同時に、税による負担が再分配機能を発揮しているのかどうか、権丈教授は負担の側面だけではなく、給付も考えていくべきことを強調。例えば日本の医療保険制度のように医療サービスという受益は所得階層による差が殆んど無く、国民皆保険という機能が十分に発揮されている。他方で、医療保険料は賃金に応じて定率負担をしているわけで、保険料支出と医療サービスという受益の差額(ネット)において、低所得層ではネットで受益の方が明らかに支出より大きく、再分配機能が実現できているのだ。

税による再分配政策として累進性のある所得税の方が、再分配機能が高くなっているのかどうか、金融所得が分離課税になっていたり、各種所得控除が高額所得層には有利にその効果が出ていたり、更にはマイナンバー制度が所得捕捉にまで適用されないこともあって所得補足には大きな問題があるだけに、税が保険料よりも再分配面で優れているとは必ずしも言えないことは確かだろう。少なくとも、再分配機能が発揮されているのかどうかは、受益と負担の差であるネットで考えるべきことを主張されていて納得的である。

これから始まる財源論戦、歴史に新しいページを飾るチャンスだ

その他、賃上げに水を差すのではないか、とか江戸時代の「5公5民」ではないか、といった批判などに丁寧に答えておられるので、是非とも直接論文に目を通していただきたいと思う。とりわけ、わかりやすい図表などを縦横に駆使されていて実にわかりやすい論文になっている。

それにしても、権丈教授の問題提起には、子供子育て財源を早期に確定することで国民生活の安定に処するべく先手を打つことも考えておられ、なかなかの戦略家でもある。また、高齢者が受益することによって支出しないで残った資産に着目し、相続税(社会保障目的相続税)による社会保障財源への還流を提起されるなど、これから本格的に検討すべき問題提起が満載である。

実に読み応えのある3論文であったと思う。


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