ホーム > 労福協 活動レポート

労福協 活動レポート

2023年9月11日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第309号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

久方ぶりの学習会での講演、何とか最後まで喋れてホッとする

先週の5日火曜日の夜18時から、久方ぶりに200名近い講演会の講師役を仰せつかり、1時間足らずの短い時間ではあったが、「最近の日本経済の問題」と題して、巨額の財政赤字を持つに至った日本財政の問題や、格差社会の下で進行するインフレ下で実質賃金の悪化が進行する日本の多くの労働者の生活苦の問題など、話をすることができた。東区の市議会議員で元副議長も経験された藤原広明さん主催のセミナーでの基調講演という大変な役回りであったが、何とか不十分ながらもやりきれたのでは、と話し終わってホッとしたのが率直なところだった。コロナ禍という期間があり、大勢の人前でしゃべる機会がなかったせいで、満足のいく声が出ないのではと心配したのだが、感度の良いマイクロフォンのおかげでその心配は杞憂であった。

神野直彦東大名誉教授のラジオインタビューを聞いて思ったこと

そんなことのあった5日後の日曜日、朝食をしていた時NHKラジオで神野直彦東大名誉教授が日本の財政についてインタビューに出演され、GDPの約2.5倍に達した日本の財政赤字についてお話をされていた。来年度の概算要求額が140兆円(事項要求は別)にも達する巨額なものとなり、今後の財政を我々の家計に例えた場合どうしたらよいのか、という質問が出されていた。先生は、もはや普通では返すことができない程の財政赤字に達したため、当面その年の必要経費を国債以外の歳入(ほとんどが税収)で賄えるようにするプライマリーバランス(PB)の黒字を目指していたのだが、コロナ禍の下でそれ自体も出来なくなって国債依存度を一層高めてしまったことを指摘され、今後の歳出の改革に向けて努力していくべきこと強調されていた。

特に、私にとって印象的だったのが、これからの日本経済をどんなものに想定していくのか、とても実現できないような高い成長を求めて大規模な公共事業の拡大などはやるべきではないこと、国民の生活をどう改善していけるのか、財政はそのためにあることを忘れないで改革を進めていくべきことを強調されていた。飽和化した日本の需要の下で、かつての高い成長は望めないどころか、人口減少する下では成長率は低下することを覚悟しなければならないと思っていただけに、神野先生のお話は納得したところである。ラジオを通じての短時間でのやり取りだったので十分に理解していたのかどうか疑わしいのだが、おおよそそんな内容だったと理解している。

国の財政赤字、もはや家計との比較すら意味がなくなった規模へ

先ず最近気が付いたことなのだが、国の財政と個人の家計を比較することの妥当性である。財務省はかねてより国の財政を家計に例えて財政状態の深刻さを指摘していたのだが、3年前から止めているようだ。あまりにも巨額な財政赤字の累積に家計に例えても膨大過ぎて切実感が失われ始めたのではないか、と思ったりする。最近では、個人の家計と国の財政は別物として扱うべきだとする見解が出てきており、財政赤字の累積額が増えたとしても、支払金利(r)よりも国の成長率(g)の方が高ければ、対GDP比の財政赤字比率が増えなければ財政赤字の肥大化は問題視されなくなっているとのことだ。

財政赤字の持続可能性は、金利(r)と成長率(g)の関係で決まる

この点は、アメリカのイェーレン財務長官やブランシャールMIT教授らを中心にバイデン政権の巨額の財政支出の裏付けとして指摘され始めている。今のアメリカをはじめとする先進国経済では、経済成長率も低下し始めているが、それ以上に国債金利が低下しており、国の財政支出を産業政策として有効活用していくべき時だ、とまで指摘され始めている。背景には、先進国の潜在経済成長率がせいぜい一人当たり1.5~2.0%程度にまで低下してはいるものの、金利(10年物の国債金利)がそれ以下に低下するという現実に対応しようとするもののようだ。というのも、金融政策だけに頼り切っていたこれまでの新自由主義がリーマン危機を招いたわけで、これからは金融ではなく財政に力を入れようとするものだ。EUにおいても、こうした議論が展開されているようで、日本がバブル崩壊後のデフレに陥って以降の停滞状況を、アメリカやEUがリーマン危機以降後追いし始めたとまで言われてきているようだ。

最近の世界的な金利低下の背景、内需の停滞や過剰貯蓄

ただし、金利(r)が成長率(g)を上回り始めたら、緊縮財政に転換すればよい、と述べている。それにしても、先進国の金利の落ち込みがなぜ起きてきているのか、そこには供給過多の下で需要不足による民間の設備投資の落ち込みや所得格差の拡大による構造的な貯蓄過剰による内需の落ち込み、更には途上国におけるドル危機からの教訓としての外貨の蓄積といったことが考えられるのだろう。世界的な貯蓄過剰経済が低金利の構造的背景にあるとみている。

MMT(現代貨幣理論)に近づいたか?日本や先進国の財政赤字肥大化

こんなことを考えていたら、最近の先進国財政は徐々にMMT(現代貨幣理論)という考え方に近づいてきているのではないかと思えてならない。簡単に要約すれば、「自前の通貨発行権を持つ先進国では、自国通貨建ての国債はデフォルトしない」というもので、インフレ(金利上昇)が高じてくれぱ支出を削減するか、増税することで対応するとのことだ。果たして、インフレが高じて直ちに政府が予算支出を削減したり、増税に踏み込むことが政治的に可能だろうか。いずこの国においても、先進国では財政支出のカットや増税は、政治マターとしては実に難度の高い政策として立ちはだかってきた。かくしてMMTの主張は、残念ながら実現可能性という点において極めて困難であるとしか言いようがない。

ただ、日本のこの30年間の経済停滞と財政赤字の累増を見た時、すでにMMT派の考え方に近づいてきつつあるのではないかと思えてならない。GDPの2.5倍を超すような財政赤字を肥大化させてもインフレは起きていないではないか、政府の発行する長期金利はゼロ近傍で納まっているではないか、ならば更なる財政支出を拡大していったとしても「大丈夫」だと、心のどこかで思い始めていないだろうか。現に、ある自民党参議院議員は国会での質問でMMTについて言及し始めているし、それをバックアップする「学者」や専門家たちが蠢ているではないか。

岸田内閣の来年度予算編成、コロナ禍前の財政規模に戻れるのか

今年の概算要求は、コロナ禍が一段落した直後の予算編成であり、岸田内閣にとって今後の財政運営をどう進めていくのか、大きな試金石であると言えよう。支持率の低下が著しい岸田内閣にとって、予算は自民党支持基盤だけでなく国民にとっても何とかして欲しいという要望が集中する。それだけに、一度付けた予算はなかなか削減したり無くしたりすることはできにくい。ましてや、増税などはタブー中のタブーなのだろう。

平成の30年間の間に、バブル崩壊と金融危機、リーマンショックと景気が落ち込み、東日本大震災と東電原発事故、そしてコロナ禍である。その度毎に財政支出が肥大化し続け、消費増税はあったものの、法人税の減税や所得税の高額所得層の税率引き下げなど新自由主義による供給サイド重視政策を取り続けてきたことが大きな問題になって今我が国財政を直撃している。

元日銀マン早川英男氏のMMT派に関わる問題点の指摘について

ちょっと話はまたMMTに戻るのだが、東京財団政策研究所主席研究員の早川英男さんが2022年5月19日に東大経友会で講演されたレジメが手元にある。「MMT派の主張を巡って~信用創造の理解と積極財政論~」というテーマで話されたようだ。レジメだけなので正確な理解ができているかどうか自信は無いのだが、MMT派の人たちの財政に対する理解はひどいのだが、「信用創造」という点ではMMTを批判すする方達の方に間違った理解をされていることを指摘されている。また、積極財政論については、先ほどのイェーレン財務長官やブランシャール教授たちの議論を紹介されていて大変参考にさせていただいた。信用創造については、さすがに元日銀マン、マネタリストへの痛烈な一撃となっている。早川氏は、今の経済政策がケインズからハイエク・フリードマンを経てリーマンショック以降混迷し、経済思潮の転換期に差し掛かっていることを指摘されていて興味深いものだった。一度講演内容を読んでみたいと思うばかりである。


活動レポート一覧»

ろうふくエール基金



連合北海道 (日本労働組合総連合会 北海道連合会)
北海道ろうきん
全労済
北海道住宅生協
北海道医療生活協同組合
中央労福協
中央労福協
北海道労働資料センター(雇用労政課)
北海道労働者福祉協議会道南ブロック