2023年10月10日
独言居士の戯言(第313号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
黒田前日銀総裁のあまりにも無責任な発言、堂々と公開の場に
朝日新聞の原真人編集委員が7日付朝刊の名物コラム「多事奏論」に書かれた記事を読んで唖然とさせられた。表題は「首相の経済対策『税収増を還元』というごまかし」とあり、20日に始まる臨時国会で経済政策の取りまとめを指示した際に、岸田総理が述べた「今こそ成長の果実である税収増を国民に適切に還元すべきだ」ことを批判して、大借金で膨れ上がった政府予算の使いまわしに過ぎないものを、あたかも成長の果実かのように言う事への怒りが綴られている。その点は、まったくもってその通りなのだが、私がもっと頭にきたのは前日銀総裁黒田東彦氏が、この夏ある非公開の勉強会で講師となってた発言したとされる次の件である。原真人編集委員が書かれたコラムでの黒田発言をそのまま引用したい。
「金利が上昇し始めたら政府の利払い費用は急増する。そうなったら大変なことになる。警戒しておいた方がいい」
この発言に対して、当日参加した人たちの座は白けた空気が流れたとのことだ。当たり前だろう。むしろ罵声が飛び交ってもおかしくない場面ではなかったか。これまで総裁時代には金利が上昇しても大した問題にならないと主張していたはずの黒田氏の発言に、参加者は「最大の責任者なのにあまりに無責任だ」とあきれたとのことだ。
アベノミクスの残滓、今も残る間違った金融政策の転換こそ重要
本当に黒田氏がそのように発言したのか、ちょっとわが耳(眼)を疑ったわけだが、案外本音の発言だったのだろう。ちょっと情けない気がするが、日銀総裁就任時に「2年間で2%のインフレを国債の購入を2倍のペースで進めて行けば必ず達成できる」と豪語していたことが思い出される。結果的に達成できないまま8年間という長期任期だけは全うしたわけだが、なんとも総裁の椅子は座り心地の悪い8年間ではなかったのかと、かえって同情もしないわけでもない。アベノミクスの象徴として異次元の金融緩和政策は、日本の金融政策の汚点として語り継がれるに違いない。その後を継いだ植田総裁もスタートから半年を経過したが、黒田時代からさしてその政策が変わっていないことに愕然とするのは原真人編集委員一人だけではあるまい。
野口悠紀雄著『日銀の責任』、インフレだけでなく、日本経済を救うためにも金融政策の転換を
最近読み終えた野口悠紀雄さんの『日銀の責任』(PHP新書2023年5月刊)は、日銀の金融政策に対する鋭い批判を全面展開しておられる著書で歯切れがよい。日本の経済が、アベノミクス以降何が起きたのか。アベノミクスの中で唯一継続されているのが異次元の金融緩和政策だ。この間起きているのが一つは「円安」であり、もう一つは資産価格の上昇で、一番目立つのは株価の上昇である。通貨である円を大量に発行しても、それを銀行が民間企業の貸し出し(設備投資)に回さなければ、大半のお金は民間銀行が持つ日銀の当座預金に積み上がるだけで、せいぜい土地や株といった資産を購入することへ少しは回り始めているが、30年以上前に痛い目にあったバブルにならないか心配され始めている。
アベノミクスで「円安」と株価や地価の上昇だけ起きたのでは
地価は下がらないという「土地神話」は前回バブルで崩壊したため、不動産価格はそれほど上がっていないように見えるが、大都市部のタワーマンションの価格は到底普通の労働者は買うことのできる価格ではなくなっており、異常だとおもう。株価は、日銀や年金基金という堂々たる公的機関が買い入れていることも背景にあり、かつての3万8915円というバブルのピーク時の価格にまで近づいている。政府も、国民に投資を呼びかけ新型NISAなど利益が出たら無税にする対象を拡大するなど、株価対策に力を入れ始めている。本来手を付けるべき金融税制の歪み(「1億円の壁」)の解消などは全く無視され続けている。
「円安」がもたらしたインフレによる国民生活の低下なのだ
もう一つ日本を襲っているのが資産ではなく日々消費する財やサービスの価格上昇、すなわちインフレである。そもそも日銀は2%のインフレを目標にして今の異次元の金融緩和政策を取っていたのではないか、と言いたくもなる。既に、3%台のインフレ、いや政府のガソリンや電気代などに対する業界への補助金が無ければとっくに4%台に達しているわけで、国民生活を直撃している。インフレによって多くの生活者の生活水準の低下した分は、必ず価格上昇となって利益が吸い取られているわけで、国内の輸入価格を転嫁できている大企業は好景気に沸いている。
では、なぜ価格が上昇しているのか?野口さんの『日銀の責任』(PHP新書)によれば、通貨である「円」が対ドルはもちろん、ほとんどすべての外貨に対して安くなっていることが価格上昇の半分近く占めている要因とのことだ。もちろん、海外からの石油をはじめとする原材料価格など輸入品自体が値上がりしていることは言うまでもない。その値上がりに円安分が上乗せされているのだ。
日本だけがインフレに対抗した金利引き上げをせず、海外通貨との金利差の拡大が円の価値の下落を招く
ではなぜ日本の円が安くなっているのか、世界の国々はインフレが起きているため金利を上げて阻止しようとしているのに、日本だけは異次元の金融政策を取り続けていて、内外の金利差が拡大している。そのため、円が売られているのが円安という現実である。だから、インフレ対策として先ずやらなければならないのが日銀の金融緩和政策を中止して、金利を市場原理に応じて引き上げ、異次元の金融緩和(最近では長期金利も最大±1%までの幅の中に抑制)という間違った政策を止めることだと強調されている。片方で、インフレを起こすために異次元の金融緩和を進め、もう片方ではインフレ対策と称して価格を維持するための財政支出を増やそうとしているわけで、政策の一貫性が全くできていないのが今の政権の政策なのだ。
もっとも、国債の長期金利をゼロ近傍で発行できているがゆえに、今の財政赤字の累増が継続できているわけで、日銀の金融政策の転換は政府にとっては財政破綻問題に直結する危険性を持つ。それだけに、その転換は命取りになることも覚悟しておく必要がありそうだ。冒頭の黒田前総裁発言は、そのことを述べているのだ。
一刻も早い日銀の金融政策の転換を求めるべき時だ、国会での論戦を通じて結論を
日銀に言わせれば、アメリカやEUのインフレは賃金が上昇し需要が拡大する良いインフレだが、日本のインフレは海外から輸入するコストプッシュ型のインフレで、コストが落ち着けば再びデフレ基調に落ちてしまうので異次元の金融緩和は辞めるわけにはいかないのだ、ということのようだ。こんな出鱈目な政策が展開されている限り、日本経済が再び輝いていくことなどはあり得ないのではないだろうか。一刻も早く日銀の異次元の金融政策を辞めさせることこそが、インフレ対策として有効なのだ。こうした金融政策が続いていることが、日本経済の力を弱体化させることの要因にもなっているわけで、事は重大な問題だ。
国会での厳しい論戦を通じて、政府・日銀の政策を早急に転換させてほしいものだ。