ホーム > 労福協 活動レポート

労福協 活動レポート

2024年1月15日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第325号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

日本経済は今後どうなっていくのか、日銀の金融政策の行方(その1)

物価はこれからどうなっていくのだろうか。長い間日本の消費者物価上昇率は、継続して物価が下落するという「デフレ」からは脱却したものの、2013年に政府と日銀との間で約束(アコード)した「消費者物価2%アップ」という目標には、日銀が手を変え品を変えても達っする事はなかった。ところが、2022年に入って海外からのインフレによる影響からだろうか、2%はおろか昨年1月には4%を超えるところまで急上昇し、最新のデータでは昨年11月の上昇率が総合指数で2.8%、生鮮食料品を除く総合(コア)指数で2.5%と、目標である2%を1年以上継続して超えている。

この2%という目標値をクリアーできた事に日銀の植田新総裁は、海外からの輸入価格の上昇によるコストプッシュ型の物価上昇であり、賃上げの波及を伴うディマンドプル型ではないので「約束の2%のインフレ目標」をクリアーしたことにはならない。一過性のもので、やがて元の水準に戻るだろうと、日銀の金融緩和政策を転換することに否定的であった。

他方、政府はデフレ脱却の4条件(①CPIが2%超えている②GDPデフレーターがプラス③単位労働コストがプラス④GDP需給ギャップがプラス)を上げており、昨年秋には最後まで不明だったGDP需給ギャップがプラスなったものの、依然としてデフレからの脱却を公式には宣言していない。

日銀の金融政策の正常化に向けて、大幅賃上げの持続性が必要

もっとも植田新総裁は、イールドカーブコントロール(YCC)政策の上限金利を、1%以上でも容認することを取り入れるなど、短期金利のマイナス金利政策をやめれば金融政策の正常化へと実質的には道が開けていくわけで、「マイナス金利政策とYCC政策から転換」にとっては、物価の動きと共に今年の春の賃上げがどうなるのかにかかっている。その賃上げの動きが明らかになるのは3月頃であり、マイナス金利やYCC政策の終焉を決定するのは、早くても3月か4月の金融政策決定会合の頃ではないかと予想されている。

物価は依然として2%台、12月の東京都の伸びは2%割れ寸前へ

先ずは最近の物価の動向であるが、最新の12月分の全国データは1月22日に公表予定だが、1月9日には速報値として東京都区部のデータが明らかになり、12月は生鮮食料品を除く総合指数で2.1%と11月の2.3%を下回り、2%という目標値割れが視野に入って来たのではという指摘も出始めており、今後の物価上昇の動きに注目が集まろうとしている。労働者の賃金上昇率が物価の上昇率を下回り、実質賃金が落ち込むことでは到底本来の目標には到達できないわけで、果たして物価が元の水準(1%程度)に戻るのかどうか、これまた注意深く見ていく必要があろう。

もし、2%を割って1%前後まで落ち込めば、やっぱり日銀総裁の言うように、コストプッシュ型の物価上昇はその要因がなくなれば元に戻ってしまうものだとあきらめるしかないわけで、そのあたりはどうなっているのか、しっかりと確かめていく必要がある。

なぜ消費者物価は2年近くも2%を超えて上がり続けてきたのか?
渡辺努東大教授は「日本人のインフレ予想が上昇した」から

とはいえ、考えてみれば1年以上経過し2年近くも2%以上の物価上昇が継続推移しているのに「一過性」とは言えないのではないか、といった専門家の声が出始めるのは当然のことだろう。もしかすると、国民の間には長い間持ち続けてきた「物価も上がらないが賃金もまた上がらないものだ」という「ノルム」が変化してきたのではないか、という意見が出始めてきた。

その一人として、1月11日付日経新聞「経済教室」で、物価問題の第一人者と言われている渡辺努東大教授が「物価の現状と展望㊤」というテーマで「『2%』定着へ所得補填強化を」と提言された論文で指摘されている。教授は昨年1月時点でのコアCPIの民間エコノミストたちの予測値とその後の実績値を対比して、予測では7月には2%を割り込むと見ていたのに2%を超えたまま新年を迎えたと述べ、何故CPIが予定通り低下しなかったのかと問うている。輸入物価の影響は限定的で国内要因が持続的なインフレをもたらしたとみておられ、それは「日本人のインフレ予想が上昇したから」だと結論付けられている。

そう考える裏付けは、渡辺教授の研究室が毎年実施しているアンケート調査(日本を含む5カ国)の結果であり、2022年5月調査で初めて物価は上がるという回答する人が増え、米欧と大差のない水準にまで達したし、23年3月調査でもその傾向が再確認されたとのこと。

インフレ予想定着のため、賃上げ補填と中小企業支援施策の強化??

大切なことはこのインフレ予想を定着(アンカー)させることで、そのために必要なのは日銀の金融政策だけでは力不足であり、実質賃金がマイナスになっていることを政府が補填していく必要性を強調されている。なぜマイナスとなっているのか、それは21年以降進んだ交易条件の悪化により日本人の所得が海外に流出したことに求めておられ、その規模は21年以降で20~30兆円にも達するという。その補填すべき対象は、実質賃金がマイナスとなる労働者であり、賃上げや値上がりコスト分を価格転嫁できない弱い存在としての中小企業だと述べ、岸田政権の進めてきた来年度予算案の方向に賛意を示しておられる。こうした政策の結果、2%のインフレが実現できれば政府は何と166兆円の得をすることになると試算されている。理由は、インフレで得をするのは負債を持っているものであり、膨大な借金を抱える日本政府とのことだ。

岸田政権の実質賃金維持の減税などでインフレ予想は定着するのか

かくして、「所得補填などの形で財政資金を投入することにより2%インフレ定着の確立が高まるのであれば、その支出をためらう理由はどこにもない」とまで強調され、政府に期待を寄せておられる。実質賃金がマイナスになっていることで内需の落ち込みが続いているわけで、その分だけでも引き上げて持続させようということなのだろうか。

国民の意識が大きく変わることの重要性についてはよく理解できるのだが、なぜ突然そのような意識の変化が起こったのだろうか。さらに所得補填と減税で、賃金や物価が上がり続けていくという意識になりうるものなのだろうか。あるいは、中小企業への財政補填をどのように進めていくのか、いろいろな要素を多元的に持っている中小企業にどのように形で補助していくのか、そのリアリティがあまり感ぜられない。こうした問題提起を渡辺教授は昨年12月21日の経済財政諮問会議の資料として提出されているとのこと。資料と議事要録が出ているので早速読んだのだが、限られた時間のせいもあるのだろうか、国民への所得保障や中小企業への財政支援措置とインフレ率2%の持続可能性との関連性が今一つ理解できなかった。

何故物価が上昇し続けてきたのか、注目すべき論点を二人のエコノミストから学ぶ、
河野龍太郎氏と門間一夫氏の問題提起(次回)

最近の物価上昇率が2%という政府と日銀のアコードを超えて持続していることについて、別の観点から注目すべき論点を引き出されているのが河野龍太郎BNPパリバ証券経済調査本部長と門間一夫みずほリサーチ&テクノロジーズエグゼクティブエコノミストだ。お二人は昨年12月19日付『エコノミスト』の「植田日銀の行方」と題した対談で、最近の物価上昇について輸入物価の上昇と労働力不足の深刻化が重なった構造的な問題だとみておられ、賃上げを上回る物価上昇のマクロ経済に与える影響についても大問題であることを指摘される。

ただし、河野氏は「既に2%のインフレが定着した可能性がある」と観ておられることに対して、門間氏は「今後、2%の物価目標を達成する可能性はせいぜい五分五分」で、日銀が「ノルム」と呼ぶ「賃金や物価が上がらないことを前提とした社会構造」についても「切り替わったと言える自信もない」と日銀出身者らしい慎重なものの言い方を示しておられる。

二人の対談はそれ以外の論点もあるのだが、最近のマクロ経済政策について河野龍太郎氏は『グローバルインフレーションの深層』(慶応大学出版会2023年刊)を、門間氏は『日本経済の見えない真実 低成長・低金利の「出口」はあるか』(日経BP社2022年刊)を出版され、実に興味深い論点を提起されている。それ等については、紙数の関係で次号以下に譲りたい。


活動レポート一覧»

ろうふくエール基金



連合北海道 (日本労働組合総連合会 北海道連合会)
北海道ろうきん
全労済
北海道住宅生協
北海道医療生活協同組合
中央労福協
中央労福協
北海道労働資料センター(雇用労政課)
北海道労働者福祉協議会道南ブロック