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労福協 活動レポート

2024年1月22日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第326号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

日本経済は今後どうなっていくのか、日銀の金融政策の行方(その2)

昨年の物価上昇率3.1%、物価目標2%はクリアーできたのか?

先週19日金曜日、総務省から12月の消費者物価指数が公表された。生鮮食料品を除くコアの全国指数で対前年同月比2.3%の伸びとなり、前年同月比では28か月連続上昇し、目標値とされた上昇率2%を21か月連続超えている。とはいえ、徐々に2%との差が縮小し始めており、再び2%以下に落ち込むこともありうるとみる専門家が出始めている。植田日銀総裁は2%を超えてもコストプッシュ型のインフレであり、需要がリードするインフレではないので金融緩和政策を変えるわけにはいかないと発言し、今年の春闘での賃上げが昨年同様「大幅」に引き上げられるかどうか注目していると述べていた。それにしても、これだけインフレが持続しているのは何故なのか、専門家の中からインフレ2%は既にクリアーできたのではないか、といった声が強まっており、日銀の金融政策を転換する時期が近づいてきているとの観測が増えてきているようだ。

日銀の短期金利・YCC政策見直しは、4月の金融政策決定会合か

どうやら、1月22~23日に開催される金融政策決定会合では現状維持になるようで、3月頃には春闘での賃上げ動向が明確になった事を受けて「マイナスの短期金利やイールドカーブコントロール政策」撤廃などは、早くても4月の政策決定会合の時期ではないかと予想する関係者が増えている。なにせデフレ脱却を目指し、2013年以降進められてきた異次元の金融政策の根幹をなす「2%のインフレ目標達成」を、政府と日銀の間でアコード(約束)が継続しているわけで、その実現がなければデフレからの脱却も正式には宣言されないとのようだ。

政府は何時まで「デフレの亡霊」にとらわれ続けているのか

政府が昨年11月に閣議決定した「デフレ完全脱却のための総合経済対策」には、依然として「デフレ」という言葉がつけられており、「デフレの亡霊」との決別を図るべきではないか、と門間一夫(元日銀理事)現みずほリサーチ&テクノロジーズエグゼクティブエコノミストは、5日付の日経新聞にコメントを寄せておられる。それだけ、政府・日銀の経済政策に関する基本的な見方には、なかなか理解しがたい大きな歪みが存在しているようだ。特に日銀の方が「2%インフレ目標達成」に強く縛られていると感ずるのは、「物価は日銀の専権事項」だという認識にとらわれているからだろうか。

門間一夫(元日銀理事)著『日本経済の見えない真実』を読んで

その門間氏は、一昨年9月『日本経済の見えない真実』という著書を日経BP社から刊行され、これまでの日銀の金融政策を総括されるとともに、今後の日本の金融・財政政策の行方について大胆な問題を提起されている。今回は、門間氏の問題提起(その一部)を紹介し今後の金融政策だけではなく財政政策も含めたマクロ経済政策の在り方について考えてみたい。

日本が直面する経済状態、マクロ経済政策教科書では対応不能、
政府・日銀の「2%インフレ目標」政策は廃棄を

冒頭、結論めいた話とはなるが、門間氏はいま日本が直面している低成長、資金余剰、ゼロ金利が常態化した国において、「金融政策の正常化」「中立的な財政政策」「経済の正常化」をどう定義したらよいのか、マクロ経済政策の教科書では考えられないような状況だと問題提起され、手始めに「2%インフレ目標の是非」だけでも問い直してみてはどうか。何よりも「2%インフレ目標」が政府と日銀のアコードであり、経済政策全般の在り方に関わる座標軸になっているわけで、未だにこのアコードに拘束される制約は、日本経済にとって大問題であり、一刻も早く「2%インフレ目標」のアコードを日銀と政府だけでなく、国民全体の論議を通じて破棄していくべきことを強調されている。

低インフレ国では財政政策が物価対策の本命という見方?
更には、ミクロなカネの貸し借りとマクロ財政の違いを指摘

ことは、それだけにとどまらず、物価対策は金融政策の領域と考えてきた者にとっては、門間氏が今の日本のような先進国にとって「自然利子率」(景気への影響が緩和的でも引き締め的でもない中立的な利子率)にインフレ率を加えた数値を下回るような低インフレに陥った国では、「財政政策こそが物価対策の本命」という指摘に戸惑う。さらに、財政政策についてのミクロレベルでの「借りた借金は税金で返さなければならない」、あるいは「政府債務残高はいずれゼロにしなければならない」と思っていた者にとっては、マクロ的にはその必要性は無く、政府債務の増加は民間の資産増加となって将来的にもそれは継続されていくことを強調されていることに、やや衝撃を受けたことを正直に述べておく必要がある。

MMTへ親近感を持たれ、過去30年の財政政策に好意的な理解

加えて、過去30年近い低成長・ゼロ金利時代において、民間余剰を財政政策によって雇用問題などを起こすことなく日本経済の舵取りを進めてきたマクロ経済安定化政策を評価されていることにも同じような思いを持った次第である。けだし、GDPの2倍まで膨れ上がった国の財政赤字によって、クラウディングアウトや財政破綻を招かずにやれていることにも冷静に目を向けておられる。もちろん、その使い方に問題があることも指摘されているが、マクロ経済安定には効果があったことを指摘されている。

こうした議論は、ひと頃良く議論されたMMT(現代貨幣理論)の考え方の方が借金ゼロ論者よりも門間氏は親近感を持たれ、MMTの欠陥であるインフレ以外にもバブルなどの弱点を注視する必要性を指摘されている。もちろん、自然利子率を上回るインフレになれば、これまで通り日銀の金融政策によって制御することは可能であることを指摘する。

持続的な財政政策に必要な3条件の提起、実に納得的だ

では、持続的な財政政策の在り方についてこれから求められるものは何か、という中で、

第一に、マクロ経済分析の充実とその透明性の強化を提起され、専門家の知識を結集していくべき事や日銀の中でも財政関連の分析などを政治の場で活用することを求めておられる。

第二に負担と給付に関する行政インフラの整備を提起され、所得捕捉の正確性や消費税の積極的な活用も提起され、逆進性には「給付面の措置」をセットで公平性を高めて行くことを主張される。

第三には、すでに問題視してきた「2%インフレ目標達成」は経済の「正常値」なのか、と問い循環的な意味での経済の「正常値」について議論を深めるべきと提言されている。

異次元金融緩和を徹底的に実践して「失敗」、だれも更なる金融緩和を言えなくなったのが「成果」

もちろんこの本の中では、2013年以降、黒田日銀の進めてきた異次元の金融政策が、2年、2倍の金融緩和で2%の物価上昇達成目標が実現できなかったことに触れ、先述したデフレからインフレへと引き上げることは金融政策では出来なかったわけで、これ自体は失敗ではあるが金融緩和を徹底的に実施して失敗したがゆえに、今では誰も更なる金融緩和を言う者がいなくなったわけで、もし当初の異次元金融緩和政策に入って1年足らずで物価が1.4%程度上昇した時に達成宣言でも出して緩和を止め、その後結果として停滞し2%引き上げが実現できなかったら、日銀が中途半端だから失敗したのだと批判され、さらなる追加策を求められていたに違いない、とその「失敗」による「成果」を述べておられる。バブル崩壊後の1998年から独立性が付与されて以降の日本銀行の政策に対して、金利引き上げや金融緩和を早く止めたからデフレ脱却できなかったと批判されてきた苦い経験があるがゆえに、このようなアイロニカルな指摘が出てくるのだろう。議員時代に日銀に質問した者の一人として身に覚えがあり、そうしたことについてよく理解できるように思う。

財政政策による経済成長は「市場の成熟」結果に任せるしかない

また、財政政策の持つ経済成長の問題については粘り強く取り組む必要があるが、そのためにはセーフティネットや人材投資が不可欠で、内需中心の好循環のためには科学技術、脱炭素、自然災害、介護・保育・教育の充実などが必要であることを指摘。それでも、成長する確実な方法がないだけに、こうした将来世代が必要としている分野への財源投入が新たな成長に結びつくかどうか市場の成熟に任せるしかない。医療や年金も成長で解決すると考えるべきではなく、低成長でも機能するセーフティネットで再分配の強化を図るべきだと提言されていて納得的である。まさに、財政を使った所得再分配政策の重要性を指摘されている。

対資本へ労働側の力を強化していくための3つの問題提起に注目

私自身が注目した点は多岐にわたるが、門間氏がグローバル化した今日の世界で、労働者の賃金が上がりにくくなっていることを指摘され、労使の力関係でどうすれば労働者の力を強化していけるのか、3つの問題提起をされている。

①人材投資への公的支援、転職、再就職しやすくする
②失業給付の拡充、「いやなら働かなくても暮らせる」「低賃金の仕事ならいつでも辞められる」状態を作り、労働側の対抗力を強める
③介護・保育職等の処遇改善、社会的ニーズに着目すれば潜在的な成長産業であり、成長するかどうかは職員の処遇改善にかかっている

いま日本社会の中で労働者の賃上げに対する好意的な動きが政府だけでなく経済界にも強まっている。労働組合として、どうしたら自分たちが闘争力を回復できるのか、是非ともそういう観点から参考にして政府側に申し入れを進め制度改革すべきではないだろうか。

門間氏の「この本で言いたかった結論」を読んで、
正統派ケインジャンではないか、と思ったのだが・・・?!

まだまだ本書の指摘する注目すべき問題点は多岐にわたっており、是非とも直接この本を読んでほしい。門間氏は最後に「この本で言いたかった結論」について次のような指摘をされている。

「改めて感じることであるが、より高い成長とそれなりのインフレ、民間の旺盛な資金需要が当たり前であった時代の経済思想では、現代の経済政策について語れることはほとんどない。この矛盾に対し、経済の方を昔の経済思想が通用する世界に戻すべき、というのが今の経済論壇における基本アプローチであるように見える。『成長戦略で潜在成長率を高めよ』『2%物価目標を達成せよ』というのはそう言う事である。

確かに、潜在成長率が高まれば、民間の資金需要が増え、財政収支も改善し、自然利子率も高まって、昔の教科書の世界に近づく。社会保障の持続可能性などを巡る問題も軽減されるほか、何より教科書を書き替える手間がいらない。

そういう可能性の追求を諦めるべきではないとは思うが、これまでの30年間も無為無策でやり過ごしてきたわけではない。30年間の努力の結果として今の日本があるのだから、これからの30年間で昔の教科書の世界に戻れるという希望は持ちすぎない方がよい。むしろ、低成長・資金余剰の常態化を前提として、経済政策論を書き換えていく必要があるのではないか。」(298~299頁)

この指摘を読みながら、経済学のメインストリームを歩んでおられる多くの専門家に対して、今一度日本が直面している経済社会の現実に、どう経済学が応えられるのかを真剣に取り組んでいくべき時代にあることを教えてくれている。日銀出身者の多くはアメリカにおいて主流派となったニューケインジャンが多いと聞いていたが、門間氏はむしろ正統派ケインジャンに近いのではないかと思えた。もしかすると、それは私の誤解なのだろうか。労働者や消費者に対する温かいまなざしを感じながら、需要サイドからの経済学を丁寧に説いておられることに、やや感動しながら読んだことを白状しておきたい。

最近の物価上昇、「家計にリーマンショックが発生」する大打撃

さすがに、2年前に書かれたわけで、その後の物価水準が持続的に2%を超え続けてきたことに対して、労働力不足との関係では少し物足りないような思いを持ったことも事実である。その点は、昨年12月19日付『エコノミスト』誌での河野龍太郎氏との対談の中で、賃上げや物価上昇に及ぼす労働力不足の影響を構造的な問題として指摘され、「家計にリーマンショックが発生した」と国民生活への大打撃になっていることを強調されている。この点は、今後の中小企業における賃上げがどうなるのか、かつての60年代高度成長期において中小企業の賃上げが何とか続けられたこともあるわけで、是非とも引き続いて論壇での問題提起に期待したい。


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