2024年1月29日
独言居士の戯言(第327号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
日本経済は今後どうなっていくのか、日銀金融政策の行方(その3)
消費者物価上昇率が1%台に低下へ、このまま低下が続くのか
最新の消費者物価の動向が1月26日総務省から公表された。東京都区部1月の速報値で、生鮮食料品を除くコア物価指数は105.8(2020年=100)、前年同月比1.6%上昇と「日銀の目指す「2%のインフレ目標」を下回ったことが注目されている。2%を切るのは22年5月以来20か月ぶりであり、来月からは政府補助金が出ていた電気代、都市ガス代が引き上がるわけで、再び2%を超えると見られてはいる。傾向的にはインフレ低下傾向にあるようで、やがて2%を切ることになることは確実だとみる専門家が多い。
日銀が注目する賃上げは、内需拡大をもたらす好循環に結びつくか
2022年頃から始まった2%を超えるインフレが続いたことに対して、日銀は海外要因からくる「コストプッシュ型のインフレ」であり、賃金上昇による「内需拡大型のインフレ」ではないことで「2%のインフレ目標」に達成したとは判断できないし、海外からのコスト上昇が一巡すれば落ち込んでいくと主張してきた。ただ、今回の海外要因からのインフレが名目的には「大幅な賃上げ」をもたらしたことを重視し、問題は昨年に引き続いて大幅に引き上げられるかどうかに注目が集まっていた。賃上げが内需の拡大につながり、好景気をもたらす好循環に入るかどうかを重視しているわけだ。
大手企業は昨年以上も可能、問題は中小企業での賃上げの動向
それだけに、これから3月を山場とする賃金闘争の結果が出る前に、東京都区部の先行指数とはいえ「インフレ率が2%を切った」ことで気勢をそがれると懸念する声が無きにしも非ずだが、大手企業の労働者に対しては前年以上に高い賃上げが出されることはほぼ間違いなさそうだ。
問題は雇用者数の7割を占める中小企業であり、大手並みの賃上げが継続して出せるかどうか、日本経済が「インフレ率2%」に向けてマイナス金利を含む「ゼロ金利社会からの脱却」の瀬戸際を迎えている。
河野龍太郎BNPパリバ証券チーフエコノミストに注目、
日米欧のインフレは巨額な財政支出が関与している
はたして「2%のインフレ目標」が達成できるのかどうか、民間エコノミストの間でもいろいろな見方が出てきており、その行方はまだ定まってはいない。今回は、前回の門間一夫氏に引き続いて河野龍太郎BNPパリバ証券のチーフエコノミストの書かれた『グローバルインフレーションの深層』(2023年慶応義塾大学出版会刊)などを参考にしながら考えてみたい。
河野氏は、コロナショックが予想以上の速さで回復に向かったため、米欧各国が巨額の財政支出を実施し続け(2020年トランプ政権で、2021年にはバイデン政権でいずれもGDP10%を上回る巨額な財源を投入)、急速にインフレ上昇を招き、当初は一時的なインフレ増嵩と高をくくっていたFRBやECBも慌てて利上げに追い込まれた。1年間で5%近い急速な利上げの効果もあったのだろう、インフレ率は低下したものの依然として「インフレ目標2%」を大きく超えるレベルが続いていることを指摘。EUにおいてはアメリカ以上のインフレ高騰をもたらしたわけで、背景として、アメリカと同じく巨額な財政支出があったことを指摘している。
日本のインフレには深刻な労働力不足が背景にあることを重視
肝心の日本だが、最近の物価上昇の背景には、欧米並みではないにしてもコロナ禍対策としての巨額な財政支出があったことに言及。特に岸田内閣の防衛費増額や子育て支援費、さらには温暖化対策費など恒久財源の確保が必要にもかかわらず、国債発行で賄うという財政規律の放漫化が進んでいることを警告されている。と同時に、日本において少子高齢化の進展に伴う深刻な労働力不足が賃金上昇をもたらし、インフレに拍車をかけていることを強調されている。特に、これまでは女性や高齢者の雇用拡大でそれほどその影響は見えてこなかっただけで、それが限界に達してコロナ禍が終息した後にインフレ要因として大きく顕在化し始めたことを指摘する。
東京都区部の物価上昇率が2%を切ったことをどう考えるのか
河野氏は、日本銀行が「2%のインフレ目標」に向けてマイナス金利やYCC政策を堅持していることに対して、こうした財政インフレや労働力不足によるコストアップに対する深刻なとらえ方ができていないことに批判の矛先を向けている。確かに、海外要因によるコストプッシュだけであれば、その要因がなくなればインフレは沈静化するわけで、今回の東京都のインフレ率が2%を切ったことが今後のインフレ動向にどのように影響していくのか今のところ定かではないが、再び1%前後のインフレ率にまで落ち込むのだろうか。河野氏は、門間氏との『エコノミスト誌』での対談の中で「私は2%のインフレが定着した可能性があると考えている」と明言されているが、こうした最新の物価動向をどう考えておられるのか、聞いてみたい気がする。
問題はサービス価格への賃上げの転嫁ができるのか
この辺りは、今後の物価の動きを注視していく必要があるが、インフレの要因としてサービス価格の上昇がどこまで続くのかにも注目していくべきだろう。日本経済が圧倒的にサービス経済化しているわけで、賃上げ額がサービスに従事する労働者に波及し、その分が価格へと跳ね返る動きこそが注目すべき論点なのだろう。かつて1960年代に、「生産性格差インフレーション」という問題提起があったことを思い出す。生産性の高い製造業の賃上げが、生産性の低い中小企業やサービス業労働者の賃上げに波及し、そのコスト上昇分がインフレとなって顕在化するというものだったと記憶する。論者は高須賀義弘一橋大学教授で国立のキャンパスで議論させていただいたことを懐かしく思い出される。高度成長時代と停滞経済が続く現状との違いはあることは言うまでもないが、中小企業まで成長の枠内に組み込むことができるかどうか、一つのキーになるポイントと思う。
日銀総裁が注目している今年の春の賃金引き上げが昨年並み以上となるのかどうか、中小企業労働者にまで波及していくのかどうか、まさにそこに掛かっているのだと思う。
需給ギャップが依然としてプラスに転嫁できていない現実、
すでに政策転換を決意し始めているのか、問題視していない日銀
もう一つのインフレ関連のデータとして、「需給ギャップ」の動きがどうなっているのか、という点も気になる。GDPギャップの最新の統計の値は日銀でも総務省でもゼロ近傍ではあるものの、なかなか需要が供給を上回るプラス数値とならない中で、植田総裁は23日の記者会見で「はっきりプラスにいかないと物価目標達成に到達しないかと言えば、そういうことはない」とまで言い切っている。かつて日銀は、需給ギャップで需要超過となり、物価と賃金が持続的に上がる環境を理想として2%のインフレ目標の実現を目指してきたわけで、少し前のめりになりつつあるのかもしれない。既に賃上げ動向がはっきりする4月までには、マイナス金利やYCC政策の転換などを念頭に置き始めているのかもしれない。
企業の設備投資が停滞している日本、飽和化した日本の内需停滞
人口減少社会のもとで内需の拡大がなかなか進まない中で、企業の設備投資も停滞したままだけに、日本の潜在成長率は0~1%の間にあると推計されてきた。賃上げと内需拡大が好循環を示すためにはさらに「設備投資」の拡大も加わる必要があろう。政府だけでなく経済界も含めて賃上げの実現を呼びかけているわけだが、肝心の企業人が積極的に国内での設備投資を進めているという状況にはなっていないようだ。もはや、内需が飽和化し、設備投資は海外で積極的になっているようで、日本経済の停滞を打破できるような動きには乏しいようだ。思い切って格差社会を是正すべく社会保障や教育などを通じた所得再分配政策の強化こそが、求められているのではないだろうか。
日銀は「2%インフレ目標」について柔軟に対処すべきではないか
そうした中で、そもそも日銀が2013年に黒田前総裁時代に安倍政権と結んだ「2%のインフレ目標」達成までは異次元の金融緩和政策を取り続けていくというアコードが正しいのかどうか、という点に問題はないだろうか。河野氏や門間氏といった民間のエコノミストの間では、政府や日銀がコアコードに拘泥しすぎ(特に日銀)ているために経済の実態とはかけ離れた目標に縛られ過ぎ、日本経済の柔軟な発展を妨げ始めているのではないかと疑問を持たれている。
いつまで経っても実現しない目標、政府自身はその目標についてそれほどこだわっていなくなっている現実、国民はこうした目標達成よりも何とかしてインフレを止めて賃上げを実現して欲しいという思いが強まりつつある。
日銀の進めている異次元の金融緩和が円安となって輸入価格の上昇をもたらしており、問題の根幹には「2%インフレ達成」という目標を頑ななに取り続けていくことの是非が問われざるを得ない局面に来ているのだと思う。今、日銀内で作業が進められている過去15年間の金融緩和政策の「多角的レビュー」の中で、是非とも「2%のインフレ目標」の是非についても取り上げていくべきだろう。日銀は、柔軟に「2%のインフレ目標」に対処していくべき時ではないだろうか。