2024年2月13日
独言居士の戯言(第328号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
山口二郎著『民主主義へのオデッセイ』(岩波書店2023年刊)を読んで
著者の山口二郎法政大学教授とは、教授が若干26歳で北海道大学助教授に赴任されてきたとき以来のお付き合いであり、40年経った今この書を読みながら、目指してきた政治課題を共通して持ち続けてきた者の一人として、「本当にご苦労様でした」と長年の労苦に対して感謝の言葉を述べたいと思う。
今、政権を担っている自民党岸田政権が、政治資金パーティ裏金事件で大きく揺れ動いているなかで、対抗政党である野党第一党の立憲民主党に対する支持が高まらないという現実に直面している。いつ解散総選挙があってもおかしくないだけに、本来であれば政権交代を通じて問題を抉りだし、二度と政治とカネのスキャンダルを許さない政治を実現する絶好のチャンスなのに。だが、肝心の国民が政権交代を求める方向に動いていないのは何故なのだろうか。その答えの一端は、この本を読むことを通じて理解できるように思う。是非とも、日本が当たり前の民主主義国家として成熟して欲しいと願う多くの皆さん方に、読んで欲しい一冊であることは確かである。
政界の大再編成期、どんな政治が展開されたのかを知る「回顧録」
この本の表紙のカバーには、この本で書かれている内容が実に要領よくコンパクトに纏められている。後は、40年近い動きの中で、それぞれの登場人物(与野党政治家たち)がどんな動きを行い、その結果として政局がどう展開していったのか、歴史を大きく動かしてきた様々な出来事が、実に人間臭く繰り広げられてきたわけだ。その表紙には、
「自民党に対抗する政治勢力を築き、政権交代のある民主主義を作ろうとした政治学者は、政治に何を見、どう関わってきたのか。
昭和の終わりから政治改革論議、細川・村山政権の誕生、小泉構造改革と民主党の結成、そして二度の政権交代から安倍政権後まで——
期待と挫折と試行錯誤が繰り返された30余年を、今率直に振り返る。日記を織り交ぜながら同時代政治をたどる回顧録。
これからの日本政治を展望するためにも欠かせない一冊」とある。
山口教授をここまで深入りさせたエネルギー源は何なのか
それにしても、これほどの長い期間(1984年頃から2023年までの約40年)、一貫して「自民党に対抗する政治勢力を築き、政権交代のある民主主義を作ろうとした」のは何故なのか、その情熱を持ち続けてこられた背景は何か、一番知りたいところではある。著者である山口二郎氏は、ふるさと岡山の高校時代に偶々聞き及んだ自民党の政治スキャンダルから問題意識を育み、東大法学部で政治学を学ぶなかでリベラルに立脚した良き教師に恵まれ、卒業と同時に大学院を経ることなく直ちに助手採用となり、20代半ばで北海道大学に助教授として赴任、以降政治学者としても数々の著作を刊行されてきた。こうしたエリートコースを歩んでこられた山口教授が、学者の本分を超えているのではないかと思われるほど現実政治にのめりこんでいったのは何故なのか、政治スキャンダルを起こした自民党の政治へのありきたりの批判だけで、これほどのエネルギーが生まれるのだろうか。読み終えた者の一人として、また、私自身も学生時代から左翼運動に没入してきただけに、是非とも知りたくなったことを先ずは指摘しておきたい。
小沢一郎と消費税、政権交代ある民主主義にとっての「難問」
それにしても問題意識が共通しているせいか、この30余年の日本の政治の激動期において、与野党の垣根を超え、時には新自由主義に立脚し、時には社会民主主義に近寄りながら、縦横無尽と言おうか破天荒にというべきか、暴れまわったきた小沢一郎なる政治家への定まらない評価には深く同意する。民主党政権の樹立から党の分裂、政権喪失の責任者の一人として、「政権交代ある民主主義」にとって功よりは罪の方が大きいとみる。未だに、小沢一郎氏が野党戦線の中で蠢いているが、その過去を知る者にとって唯々諾々と応ずるものは多分少ないと思うのは小生だけではあるまい。
と同時に、政策課題としての税制、とりわけ消費税についての国民の拒否感と政治家の批判の強さに、税制改革を政治家のやるべき仕事として努力してきた者の一人として率直に悩ましい。社会民主主義の大きな柱として所得再分配政策があり、大きな政府による福祉や教育の充実が求められる。福祉国家を本当に樹立したいのであれば、一定の増税(社会保険料増)による拠出は不可欠であり、所得税の累進性が行き詰まっているなかで消費税のウエイトがもっと求められる必要があることは言うまでもない。その消費税に対する拒否感をどうすべきなのか、政権政党たらんとする政党にとって避けてとおれないが、消費増税での野党戦線の不一致は責任ある政治の実現からほど遠い。
最近における経産省官僚の台頭をどう見るのか、通商から経済へ
著者山口二郎氏は行政学の中で官僚制度に精通された専門家である。にもかかわらず、この30年近い政治の激動期の中で、経済産業省の存在と変化にもっと注目すべきではなかったのか、という疑問が出てくる。通商産業省から経済産業省へと「通商」から「経済」が加わったことによる変化とその背景、さらに総理大臣首席補佐官に経産省官僚が選任されたことによる変化、特に第二次安倍政権時代の今井尚哉補佐官、岸田政権時代の島田隆補佐官が政権の大きな方向を左右していることの意味をもっと指摘すべきではなかったかと思う。
さらに、これだけ長い政治史を理解する際に、経済の変化だけでなく国民の政治意識・価値観の変化とどう結び付けていくのか、30年が一世代であるわけで、世代の転換とあわせて分析が求められてしかるべきだろう。
日記帳からの引用、共産党小池書記局長の興味深い「一言」
最後に、日記帳からの引用についてである。そのことによる場面場面の臨場感あふれる思いが込められているわけで、実に興味深い手法だと思う。それにしても、野党結集に向けた政策のすり合わせの中で、共産党小池書記局長の酒を飲みながらの話として2018年8月7日の日記を引用しているが、小池氏が本音としてしゃべったのかどうか、実に面白い。
「小池氏、基本政策は、宏池会、経世会でよいと本音を言う。これは画期的なこと」
かつて、枝野幸男氏が立憲民主党代表時代に自分のよって立つ政治理念は何かと聞かれ、「宏池会的な保守」だと発言したことが思い出される。考えてみると、「保守」と「進歩」という時間軸を過去の経験に英知を探し求める立場と、未来に人間の理想を求める立場との違いに二分されるのかもしれない。民主集中制など、前衛政党の組織論からの脱却後にはリベラルな政治勢力としての再編成もありうるのではないかと思うのだが、どうなるのだろうか。
まだまだ続く難問『政権交代ある民主主義』への茨の道
なんだか、勝手なことをべらべらしゃべって肝腎の著書の内容についてはあまり触れることができなかったが、30余年の政権交代のある民主主義を求めた山口二郎教授のオデッセイは、これからも苦しい時代を潜り抜けて成就していけることを願わずにはおられない。民主主義を標榜する先進国として、これほど一党だけが政権政党として君臨し続けている事は稀有なものなのであり、それなくして本当の民主主義国家と言えないからだ。山口教授、65歳はまだまだ高齢者とは思えない程「若い力」を持った方が多いわけで、引き続きのご活躍を期待したい。