2024年4月22日
独言居士の戯言(第338号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
日銀植田総裁の金融政策正常化への評価は高い
日銀の異次元金融緩和政策が幕を閉じ、金融政策の正常化が進められた。植田日銀の1年間で、大きなトラブルもなく正常化が進められたことへの評価は高いようだ。初めての学者出身の総裁ではあるが、日銀の政策審議委員や財務省への出向といった経験が大いに力を発揮されたのかもしれない。その点は、「過去25年間の2度の利上げが結果論として『失敗』と位置付けられたことへの反省」があったのではないか、と最新の『週刊東洋経済』の「経済を見る眼」で早川英男東京財団政策研究所主席研究員が述べていることからもうかがわれる。非常に慎重ではあるが、着実に目標に向かって進めていくためのガバナンスも優れているのではないかとの評価にも接する。かつて安倍政権時代に任命され続けていたリフレ派の審議委員も、今では2名に減員しており、リーダーシップを発揮するうえでの大きな障害がなくなっているのだろうか。
円ドル為替相場が波乱含み、1ドル155円が次の壁なのか?
金融政策が正常化したとはいえ、日銀の金融政策の抱える課題は依然として前途は多難である。マイナス金利政策から0~0.1%へと名目短期金利は上昇したにもかかわらず円安が進展し、1ドル152円という「壁」を超えて先週末には1ドル154円台へと突入、だが何故か為替の主管官庁たる財務省による介入は実施されなかった。岸田総理がアメリカ訪米中であり、G20の最中に為替介入することへのためらいがあったのではないかという見方もあるが、円安を阻止するためには貴重な外貨であるドルを市場に放出しなければならず、最近では貿易収支が赤字となり、経常収支は黒字とはいえ、現実には黒字額の日本への還流が進まずにそのまま海外への投資額が増えていてかつてほど外貨準備が潤沢ではなさそうだ。
1ドル152円という壁から、次は1ドル155円に第二の「壁」の設定がなされるのではないかと見る専門家もいるが、為替問題を主管とする財務省の方針がどう展開していくのか、なかなか外には漏れ伝わってこない。日銀の植田総裁は、G20の財務大臣中央銀行総裁会議に出席し、日本の金融政策の正常化について報告した後で、円安が進展していることに対して物価との関係で金融政策がどう対処できるのか、検討していきたいとの発言があったとのことだ。今月末に行われる金融政策決定会合での議論が注目されることになりそうだ。
中尾元財務官、アベノミクス時代の金融政策への的確な批判
財務省と言えば、2011年から13年にかけて財務官を務めた中尾武彦みずほリサーチ&テクノロジーズ理事長が、13日付『毎日新聞』朝刊「異次元との決別」シリーズのインタビューに登場し、実に的確な問題を提起されている。見出しとして「過度な円安 格差拡大」「国債頼みの政策 将来に不安残す」とある。私が特に注目したのは次の中尾理事長の発言である。質問は、これまでの日銀の進めてきた異次元金融緩和が続いたことによる副作用についてである。
「財政規律は失われ、行き過ぎた円安も招いた。保守的な考えかもしれないが、金融政策で経済全体を引っ張っていくことは難しいと思う。そもそもインフレを抑制するための仕組みであったインフレターゲットを、デフレ下の日本で今まで継続してきたことが問題を拡大させた」
私自身も同様の問題を感じていただけに、わが意を得たりという思いだった。
日銀の政策は所得分配面での影響にも十分に注意すべきでは
さらに、中尾理事長は日銀が政策を修正した後も円安が進行していることに対して、円安は輸出や海外投資資産の多い企業にとっては収益が上がり、株価上昇の恩恵を受ける富裕層にも有利となるが、中小企業や消費者には負の影響が大きく「円安は所得分配面で格差を大きくしている」ことも指摘している。
問題は、こうした分配面に大きな格差が出てくる政策は、日銀のような選挙で直接選出されていない人たちによって進められることへの違和感である。特に、ETF(上場投資信託)やREIT(不動産投資信託)といった金融商品の大量購入を進めたことに対して、こうした資産価格の買い支えが分配政策に大きく左右したことは間違いないわけで、10年以上継続し続けたことへの違和感が募る。
私自身はこうした問題を感じているのだが、そうしたマイナス面を超えるだけの国民経済におけるメリットが果たしてあるのかどうか、この辺りは日銀の説明責任として意識して欲しい点である。
門間一夫元日銀理事、今回の正常化は「日銀版デフレ脱却宣言」
同じ毎日新聞「異次元との決別」シリーズ(4月18日)において、門間一夫元日銀理事は日銀の政策転換について「日銀版のデフレ脱却宣言」で、11年間に及ぶデフレとの戦いが終わった「終戦宣言」と捉え、「きわめて歴史的な転換点だ」と高い評価を下されている。ただ、今年の賃上げについて、確かに今年の春闘の賃上げは高い数字となっているが、これまでの物価上昇分を取り戻せるかどうか微妙。「失われた2年間」の実質賃金を埋め合わせられるかどうか疑問で、個人消費が回復するかどうかわからないとかなり厳しく観ておられる。というのも、「今回の賃上げ原資は企業が値上げによって確保した収益で、企業が生産性を向上させたことで得た収益ではない」と見て、このままでは実質賃金の伸びが持続するのは難しいとのことだ。もっとも、日銀は物価の安定こそが目標なわけで、安定的な2%目標が達成できる確率は3割ぐらいとみておられる。そのカギを握るのが「人手不足」で、その解決するには賃上げが不可欠となるわけで、それと物価との関係を注意深く見ていく必要があると指摘される。
いずれにせよ、これからの日本経済がどう展開していくのか、「安定的に2%の物価目標」が実現できるかどうか、当面は急速に進む「円安」に向けてどう対処できるのか、植田日銀の舵取りに注目が集まる。