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労福協 活動レポート

2024年5月27日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第342号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

「円安」が日本経済への負の影響、為替介入へのアメリカの警戒

G7財務大臣・中央銀行総裁会議が24~25日イタリア北部のストレーザで開催され、「共同声明」を採択し閉幕した。ロシアの資産凍結をどうするのか、中国の過剰な国家補助による過剰生産・輸出攻勢にどう対処するのか、といった論点に注目が集まったようだが、日本政府が一番センシティブになっていた為替介入問題については、特に重大視して取り上げられることは無かったようだ。国際的には、戦前の為替切り下げ競争が第2次世界大戦をもたらす一つの要因となった事を反省し、こうしたことが先進国間では取り決められてきているのだ。

一番この問題に警告を発していたのがアメリカであり、イエレン財務長官は「介入は稀であるべきであり、事前通知すべきだ」と23日に述べていたが、日本の神田財務官は24日に「稀であることが望ましいが、過度な変動が経済に悪影響を与える場合には適切な措置をと根必要があるし、それは許されている」との考えを述べたとのことだ。かつては「円高」問題が日本経済のデフレに大きな悪影響を与えてきたが、最近では逆に「円安」が日本経済に悪影響を与えているのではないか、という声が高まっており、緩和の問題をどう理解して行けば良いのか、日銀の金融政策とも絡んでエコノミストの間での議論が目立ち始めている。

門間一夫氏の「円安問題」へのマクロ経済政策の提言に注目

私が一番注目している日銀OBの門間一夫氏(みずほリサーチ&テクノロジーズエグゼクティブエコノミスト)は、5月20日付の『経済深読み』欄で「円安対策を日銀に頼めるか~問われる経済政策の整合性~」という論文を掲載されていて参考になった。門間氏は「円安批判」には複数の要素が混在するとして、次の3つに分類整理されている。

一つは、円相場が長期的に安くなっていることであり、これは日本経済の競争力に関わる問題で、短期的にはどうしょうもないことを指摘。

二つには、円安は日本経済にマイナスではないか、という批判に対して、円安は海外展開の高い企業には「所得効果」面でプラスとなるが、内需主導型の中小企業や家計にはマイナスという「分配効果」が出て、円安の「所得効果」のプラスと「分配効果」のマイナスではマイナスの方が大きく、全体として円安はマイナスの可能性が高い可能性があると慎重に述べておられる。

第三に、「円安でも円高でも大きな為替変動は望ましくない」という批判について、変動が大きいと「分配効果」が「所得効果」を上回りやすくなるし、何よりも「事業環境の不確実性を高める」わけで、それは設備投資や人への投資にマイナスとなるとみておられる。

為替相場、大きく変動こそが問題、日銀の直接政策目標ではない

かくして、門間氏はこの3点の中では「為替相場が大きく変動すること」こそが一番の問題なのであり、かつて為替相場が安定していた2015~21年頃は1ドル110円前後(暗黙の参照点)だったものが、一気に40円近く円安へ増加したことが大問題になったのだと問題を整理されている。その点では、1ドル20~30円程度円高に戻すことが望ましいのだが、どっこいここは「為替安定政策」の領域であり、「主要先進国が単独の判断で為替を好きに決める自由」は無く、「市場の無秩序な動きに対する例外的な使用に限られる」わけだ。先に観たイエレン財務長官の警告は、そのことを指している。円安が進んだことに対して、4月末から5月初旬に日本が為替介入したことが背景にあったことは言うまでもない。

問題は、円安になっている直接的な要因として日米の金利差があり、アメリカの金利引き上げと日本の金融緩和というベクトルの違いが大きく左右しているわけで、日銀の金融政策を転換させ金利引き上げとなれば円安から円高へと舵を切ることはできるわけだ。だが、日銀には為替相場を目標とすることは政策目標として含まれていないわけで、物価問題の解決のためと絡めて為替に影響を与えるしかないのが現実なのだ。円安が金融緩和によって起き、それが日本の物価上昇に悪影響を与えているわけで、物価上昇を抑制するための手段としての金利引き上げという事も考えられるわけだ。

政府は何時まで日銀との協定「2%の物価目標」を厳守させるのか

ところが、日本政府としては、政府と日銀との2013年の協定(アコード)で「2%の物価上昇目標の実現」を約束し、日銀としてはコストプッシュ型のインフレでは2%を超えているものの、ディマンドプル型のインフレではそれが実現したと宣言するところまでには至っていないのだ。今年の賃上げが定昇込みで5%台になった事がサービス業での価格転嫁としてインフレに結び付くかどうか、日銀は固唾を飲んで賃金統計を見守っているのが現実だ。さらに、事態を難しくしているのがGDPの太宗を占める個人消費が4期連続マイナスという日本経済の現実であり、利上げという手段をとることの景気に与える問題として立ちはだかっているのだ。

財政による内需拡大の途、肥大化する財政赤字の下で可能な道か

そこで、注目されるのがマクロ経済政策のもう一つの柱である財政の発動が必要ではないのか、という選択肢である。つまり、財政による景気・物価の押上げができないのか、という事である。大きな問題として立ちはだかってくるのが、日本の抱える巨額の財政赤字の累積額の壁であり、「政府債務の持続性への信頼」が絶対条件となることを指摘される。この点は、門間氏もやるべきだともやるべきでないとも述べておられないことに注目しておきたい。他の論考の中で、政府の財政赤字の影響について、金利上昇の影響が直ちにすべての国債に一度に現れるのではないことを指摘されていたことを思い出す。だが、さすがに慎重に問題点としては指摘されている。

デフレでないのに「2%の物価目標」を何時まで厳守させるのか

財政が使えないなら、どんな手段が残されているのだろうか。門間氏は「2%物価目標の柔軟な運用」に目を付けておられる。国民感覚としては要因が何であろうと2%を超すインフレが現に眼前にあるわけで、更に今よりも物価上昇率を上げたいというのは理解されない。「今は為替の安定こそ物価の安定に役立つ」と説明された方がしっくりくるし、国際的にも問題はないとされる。だが、この点には、政府との約束である「2%の物価目標」が立ちはだかってくる。政府の方はとっくにデフレ感覚がなくなっているように思えるのに、対日銀に対しては依然としてデフレ時代の「2%物価目標」を求め続けているのが現実である。

ここで、多くの与野党の国会議員に求めたい。何時になったら2013年に政府と日銀の間で協定をした「2%物価目標」を取り下げるのか、という事を政府に質問をして欲しいのだ。少なくとも「2%程度の物価目標」という「程度」を入れることでも良いだろう。厳密な「2%インフレ目標」というのは潜在成長率が0%台半ばの日本経済にとっては重すぎるのではないか、是非とも経済論戦を戦わせてほしい。

円安による収益増加には「ウインドフォール税」徴収し、中小企業や家計への分配へ

門間氏は、物価上昇を求める日本のマクロ経済政策=円安政策の実施によって分配面での課題が浮上してくることへの提言を用意されている。それは円安によって潤う企業から「ウインドフォール税」を徴収し、それを財源に中小企業や家計に金銭支給を供与する事を述べておられる。なかなかむつかしい課題ではあると思うが、輸出関連大企業の円安による増益の規模が極めて巨額に上っているだけに、円安による悪影響を被っている中小企業や家計に再分配していくことの意義は大きい。岸田内閣の下手な4万円減税などよりも、よほど筋の良いものと受け止められるに違いない。門間氏は、更に小手先の対応として「レパトリ減税」や「NISAの国内投資枠新設」「日銀の国債買い入れ縮小」といったこともやらないよりましな政策として取り上げておられる。

日銀の金融政策だけに任せるのではなく複眼的な視野を持とう

最後に、もう一度為替相場の問題について、次のように結んでおられる。

「今の国際通貨制度では、日本のような主要先進国が純粋な『為替政策』を持つことはできない」「円高を望むなら中長期的には産業競争力の再強化が必要である」し、「短期的には利上げだが、それが可能な環境をどう作るか、多少の利上げではどのみち是正しきれない円安の副作用をどうするか」という課題が残ることを指摘され、金融政策の適切な運営を日銀に任せるだけではことは解決できない難問なのだと複眼的な視野を持つことの重要性を強調されている。


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