2024年6月3日
独言居士の戯言(第343号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
岸田総理「4万円減税」、あまりに煩瑣で減税効果が認識できない
6月に入り、岸田総理主導の減税が実施されることになっている。おおよそ国民一人当たり4万円という金額だが、その実施の仕組みは複雑で国民に減税の恩典が感じにくいものとなっている。それ以上に、それを具体的に実施する地方自治体職員にとって実に煩瑣な仕事となり、ただでさえ人手不足で繁忙なのに残業に追われているとのことだ。もともと自民党税制調査会が細かい減税のやり方を決めていたのに、昨年末岸田総理が「直々に乗り出し」たことによって複雑なものとなったようだ。何よりも、今回の減税額としてその旨を給与明細書に書かなければならないことなど、あまりにも政治的な意図が露骨なものになっている。だがマスコミの世論調査などでは、減税による効果は国民にはほとんど感ずることができないようで、岸田総理の思惑は的外れだったようだ。
支持率低下の岸田総理、乾坤一擲の解散総選挙に打って出るのか
本来であれば、ここで減税と春の賃上げが加わって実質的な所得増となり、国民の生活を潤したところで、解散・総選挙に打って出たかったのだろう。それでも、何とか自分の手で解散・総選挙を目論んでいることは、今回政治資金規正法の改正に向けて、党内の麻生副総裁や茂木幹事長など実力者たちの反対を振り切って、公明党や維新と提携するべく改正案づくりに「自ら乗り出す」など、やや孤立しながらも解散・総選挙に向けた最後の悪あがきに明け暮れているように想える。これから会期末までどんな政治が展開されるのか、「政治の世界は一寸先は闇」なのであり、来月7月7日投票の東京都知事選挙と相まって政治が再び注目される季節となってきたようだ。
最近気になる税の問題、円安による法人利益嵩上げ分への増税を
減税という税の問題が久方ぶりに浮かび上がってきたが、最近感ずることを少し述べてみたい。
一つは、円安による海外への輸出で大きく利益がかさ上げされている企業が出ていることだ。トヨタなどが典型的であるが、4兆円を超す史上最高の経常利益を稼いでいるうちの約1兆円は円安の効果とのことだ。トヨタ以外にも海外との取引で円安による濡れ手に粟の利益を得た企業から、その利益を課税しその分は円安で困っている中小企業や国民の生活補填に回していくという事が取られるべきではないかと思う。
ノーベル経済学賞を受賞しているコロンビア大学スティグリッツ教授は、法人税を減税しても、それが設備投資に回ることなく自社株買いや配当増など金融所得の増加となって格差社会をもたらしている現実を指摘し、法人税はむしろ増税することが必要だと自民党の会合で指摘していた。その法人税については、租税特別措置で約2兆円超の法人税減税しているわけで、本当に租税特別措置が当初の効果を発揮しているのかどうか、厳しく点検・調査するべき時ではないだろうか。
経団連の十倉会長の刮目すべき発言、労働界は面目丸つぶれでは
こうした企業を傘下に多く抱える経団連、その会長である十倉雅和氏の発言に注目させられたのでこの機会に触れておきたい。注目させられたのは、毎度おなじみの権丈善一慶応大学教授の書かれた「社会保障拡充に協力的な財界と反発する労働組合」という『東洋経済オンライン』5月20号の論文を読んだからであり、労働界出身の私にとっては10日前の論文「社会保障は金持ちから貧困層への再分配にあらず」に引き続いての衝撃的論文だった。
権丈教授は、十倉会長が委員をしておられる経済財政諮問会議の今年1月22日会合で次のような十倉発言を引用されている。
「・・・成長と分配の好循環の分配とは、単に賃上げだけを意味するものではない。先日、この経済財政諮問会議の場で、全世代型社会保障構築会議の権丈先生がおっしゃっていたように、社会保障政策には再分配機能もあり、賃金システムを補完するサブシステムとして、税と社会保障制度の一体改革が必要だと考える。繰り返しになるが、若年世代を中心にある、国民の漠とした将来不安の払拭に向けて、今後の人口減少を踏まえた全世代型社会保障制度の構築が急がれる」
賃上げだけでなく社会保障制度にも目を向ける必要があることを、政府の会合で経済界の代表として発言されているのだ。労働組合の代表ではなく、繰り返しになるが経済界の財界総理といわれる経団連の会長発言なのだ。
十倉経団連「サステナブル資本主義、社会的共通資本、持続可能な全世代型社会保障」を前面に
権丈教授は、更に経済学説史の専門家である根井雅弘京大教授の著書『経済学の学び方』(夕日書房刊)のなかで、十倉経団連会長の2022年新年メッセージを取り上げている。そこで根井教授は、「サステナブルな資本主義、社会的共通資本、持続可能な全世代型社会保障」に触れていることを紹介して、「昔の財界首脳からは期待できなかったものである」と論じておられる。私自身この根井教授の書かれた著書を読んで、突然十倉会長の発言が引用されていて、戸惑いを感じながらも最終的には納得したのだが、アメリカでも数年前にラウンドテーブルという経済界の組織が、似たような考え方を明らかにしていたことを思い出させてくれた。今は過渡期なのだと思う。
権丈教授、経団連の変化が子ども子育て支援金制度成立に寄与
この評価について権丈教授は、自分も同じ評価だし「かつて経済界が揃って年金保険料の事業主負担から逃れるために基礎年金の財源を消費税に求めていた時代があった。あの頃の経済界では、賃金のサブシステムとして設計されていった今回の支援金制度は実現できなかったと思っている」と述べ、反対する労働界との違いを明確にされている。
ちなみに、十倉会長は残り任期1年となった5月31日にマスコミ各社のインタビューに応じた中で次のようなやり取りをしておられる。
「――任期が残り1年となる。次期会長の人選は。
「経団連は昔と比べ、社会課題や社会全体に貢献するという役割や意識が強くなってきている。産業政策だけでなく社会・経済全体を大局的に捉え、発信できる方を選んでいきたい」(読売新聞オンラインより)
どうなっているのだろうか。経済界の代表者の方達の方が、日本の経済社会の抱えている深刻な問題に真摯に考えておられ、それを解決していくためには応分の負担(分担)を進めていくべきことを理解されているのだ。自分たちの個別企業の利害からすれば、企業負担を回避したいと考えるのが当然なのだろうが、日本全体では「合成の誤謬」によって深刻な問題となっているわけで、経済界は前向きに転換されたのだろう。
連合や立憲民主党など野党は、「建設的な立場」が求められている
新自由主義に立脚した資本主義では、今起きている日本の深刻な問題が解決できないことをしっかりと理解されているのだと思う。こうした理解が、個別企業経営者に広く共有されているのかと言えば、まだまだ不十分な地域も業界もあるのだろう。だが、経団連という組織がこうした考え方を明確にしていることの意義は誠に大きいものがある。
それに引き換え、労働界の体たらくはどうなっているのだろうか。もう少し視野を広げて今の日本の抱えている深刻な問題をどう解決していくべきなのか、真剣に考えて行ってほしいと思う。と同時に、政権を目指そうとしている立憲民主党をはじめとした野党勢力は、建設的な立場へと転換させていかなければ国民的な支持の広がりを期待できないのではないだろうか。