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労福協 活動レポート

2024年6月10日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第344号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

どうしたら良いのか、少子化問題深刻化への対応が問われる日本

6月6日の朝刊に2つの重要な報道が1面を覆った。一つは、日本の出生率が過去最低の1.20となり、少子化がさらに進んでいることを示したことである。この傾向は、単に子ども子育てに関する政策的な不十分性だけでないことは、少子化対策が進んでいると言われてきたフィンランドなど北欧諸国でも最近は低下傾向が進んでいることを見ても明らかだ。それだけに今後どうしたら良いのか、国民のあらゆる英知や世界各国での優れた取り組みなどを集め、真剣に検討していくことが求められている課題なのだと思う。と同時に、これまで進んだ取り組みをしてきた先進国などでは、少子化傾向を食い止めたり改善できた国もあるわけで、日本の様に遅れた国にとっては少子化対策の必要性・重要性は否定できないことだと思う。

「子ども・子育て法」改正案が成立、全世代型社会保障の確立へ

もう一つは、「子ども・子育て法」改正案が5日の参議院本会議で可決成立したことである。この改正法においては、児童手当を中心に大きく改正されている。児童手当支給の所得制限を撤廃すると同時に、支給対象も中学生までから高校生までへと拡大し、更に手当額についても増額されている。また、児童手当だけでなく、妊産婦らに10万円相当の支給や育休時の手取りを8割から10割に引き上げ、現金給付以外でも「子供誰でも通園制度」など、少子化対策として大きな改正が進められたことがわかる。もちろん、国民が求めている水準から観てまだまだ不十分さは残るが、この改正で全世代をカバーする社会保障制度が整ったことの意義は計り知れないものがある。

今までの社会保障が、年金はもちろん医療や介護など主として高齢者にとって不可欠な制度改正が先行して進められてきたわけだが、子どもを産み育てる世代への支援が整備されたことの意義は大きい。まさに、今回の子ども子育て支援法の改正は、2000年から開始された介護保険制度に匹敵する画期的な改正が実現できたものと言えよう。

肝腎の支援金財源の拠出問題、真正面から答えない岸田総理

もちろん、社会保障制度にとって一番重要なのは財源の問題であり、岸田総理が国会で負担は「実質ゼロ」というフレーズで次のように説明していたことを忘れることはできない。

「歳出改革によって社会保障負担率の軽減効果を生じさせ、その範囲内で支援金を構築する。国民に新たな負担は求めない証として約束している」(5月30日参議院内閣委員会での答弁)

総理は、社会保障の歳出改革や賃上げが進めば社会保険の負担が軽くする効果が生まれ、その範囲内で支援金を集めるなら、新たな負担とはならないと強弁しているのだ。だが現実には、支援金として2028年度には約1兆円の財源が必要になることには変わりは無く、国民一人当たり月額450円が医療保険制度に上乗せされて拠出し、子ども子育て基金に集められそこから支給されることになる。子ども子育て支援のために国民みんなが連帯すべく「支援金」を拠出し、支え合っていこうとすることの大切な意義を全面展開していないわけで、実に姑息な財源説明に汲々としていたことが残念ではある。

国民の連帯した支援金創設、連合や立憲民主党など改正に反対へ

この改正に対して一番反対したのが労働組合の全国組織である連合であり、その連合が支持する立憲民主党など野党だったという事実が重くのしかかってくる。その反対の理由が、支援金が医療保険制度というツールを使って国民1人あたり月額450円程度上乗せして徴収することに向けられているようだ。特に、支援金の性格がよく理解できないという点が問題点として指摘する専門家もいる。

なぜ医療保険制度に上乗せして徴収することになったのか。ここは医療保険という制度を利用して国民全体が支援金を拠出(負担)することにしたわけで、医療保険料自体を引き上げたわけではないのだ。その拠出金は基金としてプールされ、そこから児童手当の支給などが実施されていくわけで、年金生活をしている高齢者と言えども、いまの制度を成り立たせてくれている子供や子育て世代を支援していく連帯の中に組み込んでいるのだ。中には「医療保険料として納めた方は目的外利用と思うのではないか」と誤解している与党政治家もいたようだが、後期高齢者医療制度に加入している方は公的年金から拠出しているわけで、年金制度もこの支援金の中に組み込まれている事を忘れてはなるまい。

社会保険制度による富裕層から貧困層へ所得の垂直的再分配機能は、それほど重要ではない

もう一つの重要な論点として、なぜ税で賄われなかったのか、という点であろう。ここは、消費税を財源に使うことも十分に考えられたわけだが、岸田総理は初めから税を財源することを封印していたわけで、残された財源調達方法は税以外の社会保険料からの拠出金という形となったわけだ。今回の拠出金をどう性格づけるのか、いろいろな見解はあるが、社会保障制度としての再分配機能が発揮されていることは間違いない。その再分配機能には3種類の機能があることは権丈善一慶応義塾大学教授の指摘を引用させていただいてきた。

第一は、今必要でない人から今必要とする人への「保険的再分配」
第二は、必要でない時から今必要な時への「時間的再分配」
第三は、所得の高い人からそうでない人への「垂直的再分配」

この中で、垂直的な再分配では累進性を持った税制の方が社会保険料より優れているのではないか、という考え方があるのではないだろうか。社会保険料率は単一比例だし、付加される所得も上限(被用者保険適用の賃金月額上限は健康保険、介護保険は139万円、厚生年金は65万円)があるため、高額所得層に有利になっているではないか、という批判があるのだろう。かつて、私自身もそう考えていたことがあるだけに、また、いまの日本で格差が拡大しているだけに解らないわけではない。だが、この垂直的再分配機能は社会保障制度の中で占めている割合はそれほど大きくなく(生活保護など公的扶助は社会保障給付費の3%程度)、大部分の国民の生活を安定化させてくれている「保険的再分配」や「時間的再分配」が果たしていることの重要性の方がはるかに大きいことを考えなければなるまい。

社会保険が果たす重要な役割は「消費の平準化」、
消費が「必要な人・とき」へとシフト(平準化)することにある

それは、権丈教授が指摘されているように、社会保険が果たしている重要な役割は「消費の平準化」にあると述べておられることに着目すべきだろう。つまり、「賃金に比例して応能負担の原則で労使折半により拠出し、個々の家計の必要原則に基づいて給付を行うことにより、消費が『必用な人・とき』へシフト(平準化)する。この再分配により、貧困に陥ることを防ぐ防貧機能が果たされ、中間層を中心としたほとんどの人たちの生活が守られるわけである」(東洋経済オンライン「社会保障は金持ちから貧困層への再分配にあらず」2024年5月10日より)と述べておられることに尽きるのだと思う。

つまり、私たちが生きていくうえで必ず直面する「支出の膨張」と「収入の途絶」という生活リスクに、賃金システムだけでは対応が難しいわけで、賃金システムのサブシステムとしての社会保険制度が大きな役割を果たすことに着目すべきなのだ。

格差社会の下での垂直的所得再分配政策にむけて、社会保障目的相続税の提案に注目

それでは格差社会が進んでいる今日の日本で、どうやって垂直的な再分配機能を発揮させていけば良いのだろうか。税による再分配として累進性を持った所得税の改正が必要だと指摘する向きがあるし、私自身もそれを主張してきた。そのためには金融所得を含んだ総合課税にしなければならず、マイナンバーを使って金融所得をきちんと把握できる制度改革が不可欠である。よく、給付付き税額控除制度という提起がされることがあるが、これもまた所と捕捉の正確性が前提になる。日本において、誰が生活に困っているのか正確に掴める体制が整備されていないことの欠陥をどう是正していけるのか、そのことが問われているのだ。

権丈教授は、社会保障制度が整備されてきた今日、社会保障によって使われずに済んで残された資産を含む財産の相続に対して、社会保障目的相続税などを提起されているが、今後しっかりと検討し実現に向けて努力していくべきだろう。

垂直的な所得再分配を重視する背景、マルクス主義の残影があるのではないか?!

それにしても、所得再分配機能と言えば「垂直的再分配」が主たるものと考えてきたものが多いことについて、自分自身もそう考えてきた背景には、マルクス主義が及ぼしている影響が大きく作用しているのではないかと思えてならない。既に、社会主義体制の崩壊によってマルクス主義の影響力はなくなったとはいえ、考え方の背景にあった資本賃労働関係による搾取・被搾取こそが最大の問題であり、労働者の窮乏化(相対的)が進むのが資本主義なのだ、という考え方である。若いころに傾倒したマルクス主義の考え方の残影が、社会保障制度を考えるにあたって未だに脳裏にあることが影響していると言えないだろうか。


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