2024年9月9日
独言居士の戯言(第355号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
立憲民主党代表選挙、4名の候補が出揃い論戦がスタートへ
自民党の総裁選挙と同時に進んでいる立憲民主党の代表選挙も大詰めを迎えている。自民党総裁選挙では、既に小林鷹之、石破茂、河野太郎、林芳正、茂木敏光、小泉進次郎氏らが立候補への決意表明済みだが、さらに加藤氏や高市氏らもこれから出馬への決意を明らかにするとのことだ。これだけでも8名の立候補となるわけで、恐らく自民党総裁選挙史上最も多い候補者での戦いとなることが確実である。8名もそろった中できちんとした候補者間の討論ができるのかどうか、マスコミ関係者が日本記者クラブで実施する候補者討論会など、テレビ放映も入り時間が限られた中での論戦がどのようなものになるのか、今から心配ではある。何回かにテーマ別に分けて実施することしか考えられないが、国民に対してどのような議論を展開することができるのか、関係者の英知を結集して欲しいものだ。
消費税逆進性対策として「給付付き税額控除」、誰に給付するのか?
そうした中で、私が注目している税制の問題について、面白い議論が自民党総裁選挙だけでなく、立憲民主党でも展開されるかもしれない。枝野幸男前代表、野田佳彦元総理大臣、泉健太現代表と、締め切りにぎりぎり間に合った吉田真紀さんの4名が立候補しているが、民主党政権時代の政権内におられた枝野、野田両氏の消費税に関しての発言に注目したい。二人とも、立憲民主党の方針である「給付付き税額控除の導入」で一致しているが、どうすればこの問題を実現できるのか、抱えている問題は意外と深刻である。
自民党石破氏が「金融所得税」の強化に言及、逃げないで論戦を!
自民党総裁選挙において、9月2日BS日テレ番組で石破元自民党幹事長は首相に就任した場合、金融所得課税の強化について「実行したい」と述べ、既に候補者として動き始めていた小林氏や人気が高い小泉氏らが反論をするという展開となっている。
この金融所得税の強化という問題は、かねてより日本の所得税の問題として取り上げられ、その改革が大きな論点になっていたものである。所得税は、労働所得だけでなく家賃や地代、さらには原稿料などの一時所得や株式配当・売買益や金利収入など金融所得など、本来はすべての所得を合算して課税最低限を設けて課税所得を算出し、税率は5%から45%へと7段階に設定されている。つまり、超過累進課税で高額所得になればなるだけ税率を高くしていくものとされてきた。累進課税も、一時は戦後直後には90%を超す高い限界税率だったものから徐々に低下し、今では45%が最高税率で、高い所得にはそれ相応の税が課せられるはずであった。ところが、日本の所得税の中では、株や預貯金の金利などの金融所得については個人がどれだけの所得を得ているのか判らないことを理由に、どれだけ金融所得があろうとも一律の20%(正確には国税15%、地方税5%)で分離課税されているわけで、高額所得者優遇の不公平税制の典型例として問題視されてきた。
金融所得をどう正確に捕捉できるのか、マイナンバー制度の出番だ
私自身が民主党の政権交代によって財務副大臣に就任した際にも、この金融所得の是正という課題を取り上げ、2010年度税制改革大綱にもその改革をすべきことを取り上げてきた。この問題を完全に解決していくためには、金融所得の名寄せが正確になされなければならず、マイナンバー制度が導入され、一人一人の全ての所得が紐付けされ合算して所得総額が正確に確定しなければ不可能である。そのために、民主党政権時代に内閣官房参与として税と社会保障の一体改革の担当となった際に、マイナンバー制度導入に向けて努力してきたことを忘れることはできない。
金融所得捕捉にはマイナンバー紐づけが不可欠、進んでいない現実
確かに自民党安倍政権となったが、このマイナンバー制度導入は継承され、2016年からマイナンバー制度が導入されたのではあるが、すべての所得へのマイナンバーとの紐づけの推進はなされておらず、未だに個人の所得を政府が正しく把握することができないでいる。後で問題となる、立憲民主党が消費税の逆進性対策として「給付付き税額控除」についても、この所得(資産)の正確な捕捉が前提になることを忘れてはなるまい。
じつは、岸田総理が2021年に総理大臣になった時に、この金融所得課税の改革を問題提起してきた経過がある。よくぞこの問題に手を付けようとされているな、と密かに手をたたいていたのではあるが、この問題が提起され総裁に就任直後から東京株式市場の株価が下落したためだと言われているが、いつの間にかお蔵入りとなってしまったのだ。
今回の石破氏の発言はもう一度この問題に挑戦したいと思っておられるわけで、是非とも国民の前で不公平税制の改革の象徴的な事例として改革の論戦を挑んで欲しいものだ。
小林氏や小泉氏らは金融所得課税強化に反対、その根拠は薄弱だ
では、この問題に対する小泉氏や小林氏の反対論を見てみよう。
小泉氏は翌3日、記者団に対して「金融所得課税の議論をするタイミングではない」と述べ、貯蓄から投資への流れを止めるべきではないとの認識だった。また、小林氏も「今は増税ではなく、中間層の所得をどうやって増やすのかに重点を置くべきだ」とのべ、NISA(小額投資非課税制度)やiDeCo(個人型確定拠出年金)の拡充など中間層に恩恵が届く施策を進めていくべきだ、と主張している。石破氏は、今の少額投資に対する減税措置を辞めるべきだと主張しているのではない。1億円以上の所得が入ってくる超高額所得者の方達の税率が労働所得の最高税率よりも低くなっていることの是正を求めているわけで、NISAやiDeCoの優遇策を辞めろと言ってはいないのだ。まさに巨額な不公平税制にメスを入れることの重要性を強調しておきたいし、石破氏には是非ともこの問題を総裁選挙の一つの争点にして論戦をして欲しい。今後の立候補予定者の中には加藤元官房長官のように財務省出身者もおられるわけで、大いなる論争が展開されるよう望んでおきたい。
民主党代表選挙で始まった税制論議、国民にとって良いことだ
他方、民主党代表選挙の税制問題論議について感ずることを述べてみたい。
今のところ、代表選挙の候補者間で論争が起きるほど対立する問題になっていることでは無い。私が感じているのは、消費税の論議であり、枝野候補は「消費税の引き下げはやらない」と明言し、消費税のもつ低所得者層には相対的に重い負担となる「逆進性」対策として、先に触れた「給付付き税額控除」の導入で対処していきたいと述べている。これは立憲民主党内ではほぼまとまっているようで、野田候補も同じく「給付付き税額控除」の導入で対処していきたいと述べておられる。考え方は決して間違っているわけではなく、低所得者からも消費税として徴収した税額を、一定の税額分として後から給付していくことで逆進性に対する問題を解決しようとするものだ。
「給付付き税額控除」は誰に控除額を給付するのか、
所得捕捉の正確性が問われ、マイナンバーの出番なのだが?
だが、問題はここでも誰が低所得層なのか、という問題に直面する。もしかすると金融所得だけで100万円単位の配当所得などが毎年入ってきていても、低所得層としてカウントされることがないわけで「低所得者」として給付付き税額控除による税金分がキックバックされてしまうのだ。マイナンバー制度を入れて、正確な所得捕捉を進めることの重要性は、「給付付き税額控除」でこそ発揮されなければならないのだ。政治家が、こうした個人の所得捕捉問題(背後には個人資産)に真正面から取り組むことが政治的に可能かどうかという難問に直面する。実は、所得税の累進性が高まった背景には戦時経済への移行=総力戦体制への移行という問題があったわけで、戦後平時に戻った際に、その累進性が弱まってくるのはある意味では仕方がないことなのかもしれない。グローバル化した経済の下で、逃げ足の速い金融所得をどう正確に捕捉していけるのか、という難問題が背後にあることを理解する必要があるのかもしれない。是非とも、この問題についての代表選挙での一つの課題として引き続き大いに議論して欲しいと思う。
消費税や所得税論議よりも「相続税」で垂直的再分配機能強化を
私は、むしろ相続税という税制に注目し、これまで国が進めてきた所得再分配による医療・介護・年金・子育てといった公的な社会保障によって使わずに残せた資産に着目し、その遺産に対する課税の強化を求めていく方が国民にも納得的ではないかと思えてならない。
というのも、かつてこの通信でも指摘した所得再分配制度の3つの機能の内、「垂直的再分配」という富裕層から貧困層への所得の再分配という機能よりも、今必要としている人へ必要としていない人からの「保険的再分配」や必要でない時から必要な時に向けた「時間的再分配」の方が重要な再分配機能であるという権丈善一慶応義塾大学教授の指摘に学んだからである。旧左翼時代を生きた者の反応としては、垂直的再分配の方がピンとくるのかもしれないが、現代社会における膨大な中産階級に与える影響を考えたとき、「保険的再分配」や「時間的再分配」の方が重要な機能を発揮していると考えるべきなのだろう。もちろん、「垂直的再分配」機能もあるわけで、決して無視してはならないのだが、それだけに固執する発想は事態の本質を見失うのかもしれない。垂直的再分配を考える一つの手段としての相続(遺産)税の方を重視することの重要性を指摘しておきたい。