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労福協 活動レポート

2024年9月17日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第356号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

自民党総裁選挙が始まり、雇用問題が争点に急浮上へ

自民党の総裁選挙が始まった。何と、9人もの候補者が出そろったわけで、なんとも多士済々の顔ぶれが並ぶ。年齢は43歳から71歳まで、男性7人に対して2人の女性、よく問題にされる世襲議員は5人と過半数に達している。これからどんな論戦が繰り広げられていくのか、特に政治とカネの問題には国民の注目が集まって当然なのだが、これまでのところ9人の候補者の口は重い。できれば黙して語りたくない心境なのだろう。国民の意識から早く忘却していくのを期待するかのように、他の政策課題には実に雄弁に語り始めてきている。

そうした中で、注目したのが雇用問題である。

9月6日、自民党総裁選挙に立候補した小泉進次郎氏が声を張り上げたのが「賃上げ、人手不足、非正規正規格差を同時に解決するため、労働市場改革の本丸、解雇規制を見直し」で、「1年以内に実現する」と明言。さらに、「聖域なき規制改革」の筆頭格として「解雇規制の緩和」を上げたのだ。もう一人の総裁候補である河野太郎デジタル担当大臣も、不当解雇における金銭改革の導入を提起しており、二人の総裁候補がほぼ同じ時期に雇用問題を取り上げたことで俄かに総裁選の重要な争点として浮かび上がってきた。

河野氏は解雇の金銭解決制度を提案、「躍動感ある労働市場」ができるのか

先ず河野氏が訴える解雇の金銭解決制度は、第二次安倍政権下の2015年に成長戦略に検討方針が盛り込まれ、厚生労働省の検討会が22年に法的論点に関する報告書をまとめたのだが、労働組合側が不当な解雇を助長するなどと強く反発し、中小企業団体からも解決金の水準設定には慎重な意見があり、いまでは議論が進んでいない。

JILPTの浜口所長は自身の9月8日付ブログ「hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)」の中で、かつて『世界』2013年5月号に書かれた「『労使双方が納得する』解雇規制とは何か」を引用され、主として中小企業における当時の解雇の現実に言及。浜口所長は、実際に問題が起きた時に利用されている都道府県労働局における斡旋事案の内容を分析、既に『日本の雇用終了』(労働政策研究・研修機構)としてその実態が明らかになっている。その中で斡旋自体は任意の手続きであり、参加が強制できないので4割の案件が会社側不参加で、解決に至るのは3割でしかない。解決金の水準で最も多いのは10万円台であり、約8割が50万円未満である。もちろん裁判に持ち込めば解雇判決の無効を勝ち取れるとしても、明日の食い扶持を探さなければならない圧倒的な中小零細企業労働者にとって、それは殆んど絵に描いた餅に過ぎないと指摘され、中小企業レベルでの「解雇が限りなく自由」に近い現実にあることを強調されている。

最大の難関は、中小企業団体をどう説得できるのかだ

ただ、解雇自由といわれているスウェーデンの「違法無効な解雇について使用者が復職を拒否した時は、金銭賠償を命じることができると定めて」おり、その水準は勤続5年未満:6か月分、5年以上10年未満:24か月分、10年以上:32か月分とのことだ。このような金銭補償基準が法定されればアンフェア解雇に曝されている圧倒的多数の中小零細企業労働者にとっては福音となるのではなかろうか、と浜口所長は提起されている。

こうした事実を河野大臣はどれだけ理解されて提起されているのだろうか。金銭解決を阻んでいる中小企業団体をどう説得して法的拘束力を持ち、今ではほとんど泣き寝入りさせられている不当に解雇された中小零細企業労働者の立場に立てるのだろうか。それが「躍動感のある労働市場を創り出す」ための処方箋になるのだと主張するのであれば、労使の関係の実情をしっかりと踏まえた丁寧な説明が求められているのではないか。

小泉候補、聖域なき規制緩和の筆頭格に「解雇規制」提起へ

さて、次に小泉氏の主張について検討していきたい。9月6日の立候補の記者会見で「賃上げ、人手不足、正規・非正規格差を同時に解決するため、労働市場改革の本丸、解雇規制を見直します」と述べ、しかもその改革を「1年以内に実現する」と明言し「聖域なき規制改革」の筆頭格に「解雇規制の緩和」を取り上げている。今や9人の総裁候補の中で世論調査などでは高い支持率を誇っている小泉氏の提案だけに、総裁・総理となった時にこの問題が1年以内に解決しようとする可能性が高いわけで、見逃すことができない大問題の提起と見るべきだろう。

小泉氏は出馬会見でさらに、

「解雇規制は、今まで何十年も議論されてきました。現存の解雇規制は、昭和の高度成長期に確立した裁判所の判例を、労働法に明記したもので、大企業については解雇を容易に許さず、企業の中での配置転換を促進してきました」

と述べているが、解雇規制が何十年も議論されてきたのは、河野大臣が指摘した金銭解決の話だと思われる。

続いて述べている、解雇規制について労働法に明記されているのは「労働契約法16条」に定められた「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を乱用したものとして、無効とする」という「解雇権乱用法理」の事を述べており、「大企業」以下で述べている指摘は、会社の経営上の必要から行う「整理解雇」のことで、裁判の判例の積み重ね(判例法理)である「整理解雇の4要件」、すなわち①必要性、②回避努力義務、③人選の合理性、④手続きの合理性である。

雇用の規制緩和で大企業に眠っている人材が成長分野に流動化できるのか

小泉氏は、記者会見で記者からの質問に答えて規制を緩和したいのは「②回避努力義務」についてであり、「今は希望退職者の募集とか配置転換の努力を行うこととされているが、私はこれにリスキリング、学び直し、再就職支援を大企業に義務付けたい。それを実現するために私は来年、国会に法案を提出したい」と歯切れよく答えている。

はたして、法律ではない「法理」をどうやって法改正に取り込んでいけるのか、そう簡単な事ではなく、1年以内の法制化は不可能に近い。

それ以上に問題だと感ずるのは、こうした解雇規制の緩和が社会の閉塞感を一掃する『魔法の杖』のように喧伝されてきたことだろう。小泉氏は、13日に開催された共同記者会見の場では「大企業で眠っている人材が成長分野に移動できる環境を作る」とその目的を述べているが、この規制緩和は「実質的には労働者の解雇を容認するもの」ではないか、という他の総裁候補者からの批判を浴び、小泉氏自身「解雇の自由化を言っている人は私を含めて誰もいない」「労働市場の流動性を高めていく方向性については、誰も異論がない」と強弁したようだが、他の総裁候補者からの賛意は得られたとは言えないようだ。ましてや、労働組合関係者からも「何故緩和するのか理解ができない」という声が出ている。

小手先だけ改革しても、日本の労働市場を変えることは困難だ

ちょっと考えてみても、日本の大企業労働者はそのほとんどが「ジョブ型」ではなく「メンバーシップ型」の雇用になっているわけで、リスキリングしたところで労働者が移動しやすくなるような企業横断的なジョブ型の労働市場が直ちに生まれることはできないわけで、小泉氏の主張は「絵に描いた餅」でしかない。労働者が企業から解雇されることは、給料という生活の糧が入らなくなるだけでなく、働く者の社会的名誉や自尊心を傷つけるわけで、慎重に取り扱わねばならない大問題なのだ。

小泉氏だけでなく河野氏も、日本の現実の雇用実態をよく理解して改革を提起する必要があり、少なくとも濱口所長が提起している大企業におけるジョブ型ではないメンバーシップ型という、「世界でも稀な雇用形態」が日本の大企業を覆っているの下での改革案となるよう学び直す必要があるのではないか、そう思えてならない。


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