2016年2月1日
独言居士の戯言(第18号)
元参議院議員 峰崎 直樹
日銀は「マイナス金利付き量的・質的金融緩和政策」を導入へ
手詰まりになった異次元の金融緩和政策を打開できるのか
1月29日、日銀の金融政策決定会合で新しくマイナスの金利の導入が決まった。といっても、直ちに国民の預金金利がマイナスになるのではなく、日銀の当座預金と呼ばれる民間金融機関勘定の内、2月16日以降に預金されるものに対してマイナスの金利が付けられるのだが、それ以前の当座預金勘定分には、これまで通り0,1%の金利が付けられる基礎部分とゼロ金利とされている部分とあり、三段階の金利設定が為されることになる。マイナスの金利は、ECBで一昨年から導入されてきたが、日本でも短期国債などの市場取引の中では既に実現したことがある。
しかし、たとえ日銀の当座預金勘定だけに絞られているとはいえ、中央銀行が取る金融政策に堂々とマイナス金利が登場することは、まことに異常なことに違いはない。こうした異常事態を取らざるを得ないことは、比較的市場関係者から評価が高いと言われてきた安倍ノミクス第一の矢が、手詰まり状況にあることを教えてくれる。
2%の物価上昇の実現は17年度に、まるで「逃げ水」のようだ
なんでこのような政策決定がなされたのだろうか。黒田日銀総裁は金融政策決定会合の後の記者会見の中で、「2%の物価安定目標を出来るだけ早期に実現するため」と、これまでの目標実現にむけての政策であることを強調している。だが、今までの量的・質的緩和に加えてマイナス金利を取るのは、景気の現状について「日本経済は基調として緩やかに拡大していく」と見ているものの、エネルギー価格下落の影響で消費者物価2%達成の見通しが「17年度前半ごろになる」と延期し、新興・資源国経済の先行き不透明感から市場が不安定化している下で、「企業心理や人々のデフレ心理の改善が遅れ物価の基調に悪影響が及ぶリスクが増大している」からだとしている。(「」内は30日付「日経新聞」の会見要旨から引用)
果たして今回のマイナス金利を日銀当座預金につけたとして、どんな効果が期待されているのだろうか。金融機関が日銀に預ける預金(当座預金)は、これから増加する部分に限っているとはいえ、はたしてマイナス金利分をみすみす損をするからと言って、企業や個人の住宅ローンなどに貸し出しが増えて行くのだろうか。企業は、マクロでみると既に投資が弱く、フリー・キャッシュ・フローのなかで更新投資も含めて賄える状況になっている。そこへ金利がマイナスになったからと言って、需要が増えない中では設備投資が増えるとは思えない。例え投資案件があっても、結果として不良債権を増やすだけになってしまうのが関の山だ。そうでなければ、ゼロ金利の下でとっくの昔に実現していたはずである。最近の企業は、国内においては自社株を購入するためにお金を使うことが多く、またM&Aの費用を調達することにも振り向ける程度で、内部留保だけが肥大化し300兆円を超すところまで来ている。そんな民間企業部門にマイナスの金利だからと言って、果たして貸し出しが増大していくだろうか。
また、消費者にとって金利がマイナスになって住宅ローン金利がさらに引き下げられれば、住宅需要は増えて行くのだろうか。残念ながら殆ど期待できない。
むしろ心配しなければならないことは、株や土地といった資産にお金が向かい、再びバブルを発生させるのではないか、ということだろうか。
本音は円高への対抗策、円安にして株価の下落に備えるのでは
先ほどの黒田総裁の記者会見のやり取りから見ると、すべては「デフレマインド」に陥ることから防げるかどうか、という点にありそうだ。もしかすると、本音で言えば、円高による株価の下落を阻止するため、円安を狙ったのではないかと思われる。もちろん、対外的にはデフレ対策であると言わざるを得ないのであるが。
というのも、最近の経済の状況は年初に120円程度だった円相場は一時115円台に急騰し、年初に1万9000円近かった日経平均株価も一時1万6000円に接近させ、経営者の心理を悪化させたと日銀は判断したようだ。さらに原油価格も極めて低価格に落ち込んだことも、人々のデフレ期待を強めることへの懸念が出てきていた。そこで、このままでは物価は再び低下してしまうのではないか、という恐れを感じたのではないか、というあたりに真相がありそうだ。
それでは、この「マイナス金利付き量的・質的金融緩和政策」なるものは、本当に円安と株価の上昇を通じて2%のインフレ目標に到達できるのだろうか。例え、円安と株価の上昇が実現したとしても、それは今までの政策と同じことの結果でしかなく、日本経済の安定的・持続的成長にとった効果があるとは思われない。マインドだけで、人々の投資行動や消費拡大が進む者なのだろうか。すでにリフレ派の理論的主柱であったクルーグマン教授も、自分の考え方の誤りを認めているのだ。おそらく、難しいに違いない。
マイナス金利の下で、国債の買い上げに民間銀行は協力するのか
今後の金融市場の動向にマスコミは警戒し始めたようだ
さらに、これからも進められる日銀の国債の買い入れを継続しても、果たして金融機関はそれに応ずるのだろうか。預金が増えた分マイナス金利になることが解れば日銀の買取りに応じないことも在り得るわけで、札割れが恒常化していくのではないかと思われるのだが、どうだろうか。つまり、量的緩和政策にとって、マイナス金利政策は矛盾した政策になるのではないか、と思われるのだ。
問題は、バブルをもたらすことと共に、金融市場の混乱をもたらす恐れが強まったと言えないだろうか。このマイナスの金利についての新聞の社説の見出しで、朝日新聞は「マイナス金利、効果ある政策なのか」毎日は「マイナス金利、苦しまぎれの冒険だ」とある。
今後の金融市場の動向に注目して行く必要がありそうだ。
(続く)